すっぽん

光線の暗い陰気な沼の底から叫喚。

すっぽん

光線の暗い陰気な沼の底から叫喚。

記事一覧

固定された記事

『好悪ちゃん』

『好悪ちゃん』   わたしは人の好き嫌いがはげしい性格である。 しかし、みんな、大概、わたしのことを誤解していて、いい人だとか、いつも穏やかだとか、優しいだとか…

すっぽん
3か月前
71

『殘』

『殘』 自宅の裏庭で飼っている柴犬のフジマルが選挙カーにむかって、けたたましく吠えていた。表にいた父は門柱に卑猥なマークが落書きされていると憤慨していて、今はし…

すっぽん
8日前
16

『初恋に死す』

『初恋に死す』 中学一年の秋口のある夜、私が杏さんに告白することが決定した。杏さんは私が所属している美術部のひとつ上の先輩であり、私の片想いの相手だった。 夜八…

すっぽん
12日前
8

『球泥棒』

『球泥棒』 深く繁った熊笹の中からじじいが現れた。 土色の顔の歯の少ない汚らしい男である。 「おい、コラ!おめーら。うちの球を盗むんでねー、この。このガキんちょめ…

すっぽん
2週間前
10

『仙台の踊子』

『仙台の踊子』 国分町の入口に突っ立って、雪見だいふくを食べている適度にかわいい女の子の目が汚濁していた。 金髪ボブの童顔で、モスグリーンのTシャツに黒のボトムス…

すっぽん
2週間前
8

『仮清掃員』

『仮清掃員』 見たことがない甲虫の死骸なんかが転がっているトイレの中は蒸し暑かった。今日は私の誕生日だというのに、朝六時からクリニックのトイレ掃除をしている。今…

すっぽん
3週間前
13

『しょぼい俗悪』

『しょぼい俗悪』 とろろ芋みたいなゲロを吐きそうになった。 つまんねー、と思っていた。私は今すぐに帰りたかった。大概、合コンは時間とお金の無駄である。 映画やドラ…

すっぽん
3週間前
15

『夜尿』

『夜尿』 算数の授業中、凌の後ろの席に座っている宮下君が突然、おもらしをした。 宮下君は口をへの字に曲げ、顔を真っ赤にして、股間を押さえつけているものの、小便は…

すっぽん
4週間前
13

『かさじぞう』

『かさじぞう』 四六時中、エロいことしか考えてないような弛緩した赤ら顔のジジイが、余のことを注視している。 ジジイは焼き麩みたいな形の鼻からぼうぼうの鼻毛が出て…

すっぽん
1か月前
13

『陰毛の渦』

『陰毛の渦』 大学卒業後、社会に食べられる順番が遅かったせいか、私は歳を重ねても風貌があまり変わらない。 もうすぐ三十になるというのに、いまだにしょっちゅう大学…

すっぽん
1か月前
13

『かちかち山』

『かちかち山』 薄汚ねぇババアがまた俺の悪口を言ってやがる。 俺の顔が間抜け面だとか、二頭身だとか、九九ができないだとか、挙句、童貞だと決めつけている。 まあ、こ…

すっぽん
1か月前
12

『無職沼』

『無職沼』 夏の盛りをすぎたある日のことだった。 そのとき、私は無職十一ヶ月目だった。 毎日、ハローワークへ通うこと以外にすることが何もなかった。お金もないし、恋…

すっぽん
1か月前
17

『ぼっとんじじい』

『ぼっとんじじい』 小学三年の凌が住んでいる家は、地方の田舎の一軒家である。赤錆びが吹いたトタン屋根の二階建ての家は、砂壁の和室、あまりにも急な階段、薪風呂、ぼ…

すっぽん
1か月前
19

『蝦蟇心中』

『蝦蟇心中』 日没前、モノリスみたいなタワーマンションの谷間にある路地を歩いていると、二匹の蝦蟇が交尾していた。どちらも体長が十センチほどであり、頭部は幅広く、…

すっぽん
1か月前
10

『やまいだれ』

『やまいだれ』 六波羅蜜寺の空也上人立像のようなたたずまいで、左のレジに突っ立っている店員の男が、こちらどうぞー、と言ってわたしを見ながら手をあげた。 しかし、…

すっぽん
2か月前
17

『私の勝手』

『私の勝手』 クラシカルな雰囲気の純喫茶で固めのプリンを食べているとき、右斜前のソファ席に座った中年男がスマホを見ながら、偉そうにふんぞり返っていた。 遮光器土…

すっぽん
2か月前
15
『好悪ちゃん』

『好悪ちゃん』

『好悪ちゃん』

 

わたしは人の好き嫌いがはげしい性格である。
しかし、みんな、大概、わたしのことを誤解していて、いい人だとか、いつも穏やかだとか、優しいだとか色々と言うけれど、それは半分くらい間違っていると思う。

なぜなら、本当のわたしはいい人ではないし、案外短気だし、冷たかったりする。
のみならず、腹のなかで相手を罵ることもあるし、相手に変なあだ名をつけて、ひとりでほくそ笑んでいるような

もっとみる
『殘』

『殘』

『殘』

自宅の裏庭で飼っている柴犬のフジマルが選挙カーにむかって、けたたましく吠えていた。表にいた父は門柱に卑猥なマークが落書きされていると憤慨していて、今はしかめ面で昼飯を貪り食っている。

裏庭は低い縦格子のアルミフェンスを隔てて道路に面しており、フジマルはフェンスの間から顔を突き出してみたり、犬小屋のぐるりを狂的に走り回りながら昂奮していた。執拗に遠吠えを繰り返す。
すると、その騒々しさに

もっとみる
『球泥棒』

『球泥棒』

『球泥棒』

深く繁った熊笹の中からじじいが現れた。
土色の顔の歯の少ない汚らしい男である。
「おい、コラ!おめーら。うちの球を盗むんでねー、この。このガキんちょめがっ!」
と耳障りな濁声で怒鳴ると、右手のゴミ拾いトングの先端でチョンチョンと凌の二の腕を突いて、
「早く返せ、この野郎。あんぽんたん。返さねーと、おめーらの顔をぶん殴るからな、このぉ!」
と言って、地面に白濁した唾を吐いた。

間近で

もっとみる
『仙台の踊子』

『仙台の踊子』

『仙台の踊子』

国分町の入口に突っ立って、雪見だいふくを食べている適度にかわいい女の子の目が汚濁していた。
金髪ボブの童顔で、モスグリーンのTシャツに黒のボトムス、ナイキのスニーカーという格好である。
女の子は美しい眉毛をハの字にして、通りを歩く男を見ている。観察している。物色しているご様子。

作家の坂口安吾が、「仙台の街は今後きれいに発展していくだろうが、美人のいないのが残念だ」と新聞社の取

もっとみる
『仮清掃員』

『仮清掃員』

『仮清掃員』

見たことがない甲虫の死骸なんかが転がっているトイレの中は蒸し暑かった。今日は私の誕生日だというのに、朝六時からクリニックのトイレ掃除をしている。今は七時半をすぎていて、派手に汚れている二階の男子トイレの個室の便器に手こずっていた。

汚い。本当に汚い。でっかい糞が穴につかえて流れていかない。こんな漬物石みたいな硬すぎる糞をするヤツはどんな野郎だよ。腸内環境がよほど悪いんじゃないか?

もっとみる
『しょぼい俗悪』

『しょぼい俗悪』

『しょぼい俗悪』

とろろ芋みたいなゲロを吐きそうになった。
つまんねー、と思っていた。私は今すぐに帰りたかった。大概、合コンは時間とお金の無駄である。
映画やドラマのように好みの異性が目の前に現れて、はじめましてこんにちは、なんてことは一度もない。少なくとも、私にとっては常にそうだった。
トイレに行くふりをしてそのまま消えようかしら、
なんて思っていると、鳩が餌をついばむような速度で小皿のバター

もっとみる
『かちかち山』

『かちかち山』

『かちかち山』

薄汚ねぇババアがまた俺の悪口を言ってやがる。
俺の顔が間抜け面だとか、二頭身だとか、九九ができないだとか、挙句、童貞だと決めつけている。
まあ、ここだけの話、童貞なのは本当のことなのだけどさ。恥ずかしながら、それだけは事実です。

しかし、これだから田舎者を嫌悪したくなるのだ。狭小な世界で生きている井の中の蛙どもは、非常識でデリカシーがなく、自分勝手な無頼漢である。失礼千万のクズ

もっとみる
『無職沼』

『無職沼』

『無職沼』

夏の盛りをすぎたある日のことだった。
そのとき、私は無職十一ヶ月目だった。
毎日、ハローワークへ通うこと以外にすることが何もなかった。お金もないし、恋人もいない。友人たちはふつうに仕事をしていて忙しく、なかには結婚している人もいるので、彼らとは容易に会うことができなかった。自然とひとりの時間が多くなる。

ある朝、目を覚ますと、体が気怠く、上唇の右端が痙攣しており、頭の中で、ごうおー

もっとみる
『蝦蟇心中』

『蝦蟇心中』

『蝦蟇心中』

日没前、モノリスみたいなタワーマンションの谷間にある路地を歩いていると、二匹の蝦蟇が交尾していた。どちらも体長が十センチほどであり、頭部は幅広く、暗褐色の胴はずんぐり型で太く肥えている。また、身体には黒の帯模様や斑点があり、ゴツゴツしたイボ状に突起した胴の皮膚が分厚かった。

おいおい、こんな路上のど真ん中で何をやってんだよ、バカヤロー。ずいぶんと大胆不敵な蝦蟇じゃないか。あー、い

もっとみる
『私の勝手』

『私の勝手』

『私の勝手』

クラシカルな雰囲気の純喫茶で固めのプリンを食べているとき、右斜前のソファ席に座った中年男がスマホを見ながら、偉そうにふんぞり返っていた。
遮光器土偶のような顔の五十半ばの男である。男は額から後頭部にかけてハゲていて、闘牛の顔が散りばめられている変なデザインの黒のパーカーを着ていた。また、奥さんと思しき中年女が男と差し向かいに座り、爪をいじりながらうつむいている。

すると、店員の女

もっとみる