芥川龍之介「トロッコ」考

芥川龍之介「トロッコ」考

『トロッコ』の主題とは何か?今回はイントロ回になります。 トロッコは、芥川龍之介30歳の時の作品です。発表以来多くの書物に収められ、読まれている芥川代表作の一つです。 この小説は、大正11年(1922年)3月1日発行の雑誌『大観』に掲載されました。何と1922年2月16日にわずか一晩で書き上げたものと言われています。芥川は筆が遅い事で有名でした。その理由の一つは、己の作品を一つの芸術たらしめるために、納得いくまで推敲に推敲を重ねて、作品を完成させたからなのです。その遅筆の芥川

エッセイ漫画第72話『ひゃくにゃんいっしゅを描く』
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エッセイ漫画第72話『ひゃくにゃんいっしゅを描く』

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はじめまして、イサキユウトです。

はじめまして、イサキユウトです。

1889年8月1日。 私の尊敬する詩人、 室生犀星が生まれた日。 それから約132年後の今日、 2021年8月1日。 宵の風が涼しい、深夜10時半。 「イサキユウトのnote」 始動いたします。 --------------------   先日、とあるフリーペーパーにご寄稿させていただく機会をいただき、 はじめておおやけに、文章を発表いたしました。 長い文章を書くというのは、実に根気のいる作業で 書いてはデリート、書いてはデリート……… 三歩進んでは二歩下がる、

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宿命と救い(読書感想文①)

宿命と救い(読書感想文①)

 弁証法の代わりに生活が到来したのだ  ドストエフスキー  松本清張が「原作を超えた」と言い切ったのが、映画『砂の器(1974年)』である。2011年アカデミー賞作品『八日目の蝉』にも同様の事が言えよう。  数年前、香川県小豆島を慰安旅行で訪れた際、図らずして何か抗い難い、不可視の引力に引き付けられるようにして、この不朽の名作と出遭ったことを今もよく覚えている。巷を流れていた宣伝によって、以前からタイトルだけは知っていた。もちろん、あの大震災のあった年にそれが上映されてい

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ソ連で出版された日本文学とか‐3

ソ連で出版された日本文学とか‐3

 本シリーズを書くにあたっては、参考情報として発行年、発行部数、価格の他に、能う限りにおいて翻訳者の名も記している。情報としてどの程度価値があるかは分からないが、同業者として、先達への敬意として記載する。  歴史について少々。  1917年の革命以前、日本文学のロシア語翻訳は極めて少数。その多くは詩歌で、しかも欧州言語からの重訳であったという。  日本に対する関心はジャポニズムに牽引されて、美術方面に偏っていたようだ(参考文献:ジャポニズムから見たロシア美術 https

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岩波少年文庫を全部読む。(44)取った。取られた。とにかくマッチョな「漢」たちの世界 斎藤惇夫『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』

岩波少年文庫を全部読む。(44)取った。取られた。とにかくマッチョな「漢」たちの世界 斎藤惇夫『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』

じつはスピンオフだった  斎藤惇夫の『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』(1972)は、刊行の3年後にアニメ化・ミュージカル化もされたヒット作。岩波少年文庫でも通し番号044から046に並ぶ一連の斎藤惇夫作品の、044番、つまり1番目に位置しています。  しかしこれはじつは、斎藤惇夫の作家デビュー作である前作『グリックの冒険』(1970)の続篇というかスピンオフ作品として書かれたものなのです。  『グリックの冒険』は通し番号では045、つまり『冒険者たち』のつぎに置かれ

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走馬燈  67

走馬燈  67

日本文学朗読にすっかりはまった。 今度は、夏目漱石の「三四郎」を朝から一日中聞いていた。 熊本県出身の三四郎が、東京に出てくる汽車の中から、物語は始まる。 何度か日本に遊びに行ったとは言え、合計40年以上在米期間が長い私には、日本文学は新鮮だ。 時間が十二分にある事に感謝、 昨年の外出ばかりしていた生活様式と一変して、室内で、ユーチューブで朗読文学を聞くことに、集中している。 日露戦争が終わり、日本が一等国に仲間入りしたと、新聞が囃し立てていた時代、 三四郎は熊

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歴史と私(市民と人間①)

歴史と私(市民と人間①)

「木の根は案外、だらしなく浅い層を這っているだけだった。やせたように見える土地はもっとずっと深く、宇宙のように深淵だった…」  先日もある人から問われた事に、「お前の思想的立場は右か左か」という質問がありました。そしてその時の私の答えとは、個人的にも残念だと感じ入りましたが、「実はよく分からないのです」というものでした。  なにゆえ、残念だと思ったかというに、それは次の二つの理由からでした。  一つ目に――こちらの方が大切な理由ですが――、その時私は、本当は「そんな問題

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市民と人間(なぜこれを書くか?)

市民と人間(なぜこれを書くか?)

つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ 吉田兼好    我が国の古典文学は、短く美しい文章の中に、多くの豊かな叡智を含み、そして生き生きと雄弁に語りかけるものである。  創作とは、このような「あやしうこそものぐるほしけれ」という感覚を伴う活動である。そして私は、そこにこそ生涯を捧げたいと考える者である。例えば、果てしないような宇宙の闇の中をたった一人漂いながらも、ずっと何かを書き続けて

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和歌と歌とみだれ髪/ 日々是写真📸

和歌と歌とみだれ髪/ 日々是写真📸

その子二十 櫛にながるる黒髪の おごりの春のうつくしきかな 与謝野晶子 / 歌集『みだれ髪』    タグが付いたままのモダングリーンの花柄ワンピース。 似合う頃合い無くクローゼットに取り出しては似合わずとしまうばかり。  桜とはまた別の風情が見れるかと思い立ち 黒髪を撫で袖を通しカメラの前に転ぶ。  2021年、春 photographer 鶴田直樹    時は2009年  美空ひばり 『みだれ髪』 作詞:星野哲郎 作曲:船村徹

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