今日の注目記事

高飛車な羊羹が私を外へ連れ出してくれた。

結婚をきっかけに、生まれ育った街から遠く離れた夫の出身地へ引っ越した。 故郷にはあまり未練がなかったので、地元を離れる事にさほど抵抗はなかった。 ところで、今私が住んでいる地域は、夜になると庭にタヌキがやってくる。夫の実家の方は熊が出るし、つい先日は野生の鹿が出たと連絡があった。…

死にたかった日々を乗り越えられたのは“日韓の架け橋になりたい”という夢を思い出せた…

アンニョン、日韓の架け橋のフジモンです。 「#それぞれの10年」の記事を出して早速チョアトモさんから反響がありまして嬉しい限りです。 (例えばこのような感じでDMが結構届きました^^) 日韓なんでも同好会でのメディア発信を通して僕のことを知ってくださった方はすごく僕のことを過大評価して…

夕日照らすオムレツに導かれ

ちょっとは食べない? マニュエルが私の部屋をノックしながらいう。西日の中、私は目を覚ました。もうこんな時間か。 この一週間、朝から寝てばかりいる。今日は、お昼から誘われて、すでに2度も断っていた。3度断ればさすがに、と声を出しかけた私の鼻にぷん、と卵の香りがしてきた。揚げた卵の香ば…

ビジネス + クリエイティブ

雑誌Forbesと一緒に考えてみた さまざまなご縁が重なり、雑誌Forbesでビジネスとクリエイティブについて特集するということをお聞きし、その企画や全体構成についてWhatever(←弊社サイト、デザインをリニューアルしたので覗いてみてあげてください🙇‍♂️)が微力ながらご協力させていただきました…

あの頃私たちは無敵だった

10代も終わりが見えてくる高校時代、私たちはいつだって無敵で、理由もない「無敵感」に包まれていた。 私は、東京西部にあった中高一貫の女子校に高校から進学した。「あった」というのは現在では共学化され学校名も変わってしまったためである。校則が厳しくて、膝下のスカート丈はもちろん染髪や…

花のおみやげ

ちょこっと実家に帰るときのお土産は、花が多い。すぐ近くなので、東京の銘菓を買っていくなんてこともないし、以前はお土産自体持っていかなかったのだが、最近は季節の花を少しだけ買っていく。母の日だけじゃなく、日常的に花をプレゼントするっていい。 母も日常的に花を買う人なので、私が買って…

美術館の展示室に寄せて—芸術と救済と—

一歩足を踏み入れるだけで、全てが容受されたような気分になれる場所があります。 美術館の展示室です。 美術館に通いはじめてもう長いですが、そのことに気づいたのは、まだ最近、ここ1年足らずのこと。 ◎◎◎ ちょうど1年前の今頃、私は大学の卒業式が開かれなくなったことを知りました。自宅に…

自分にとって大切なこと

動かないで後悔するくらいなら、動いて後悔する 27歳の時に転職した。それまでの仕事は自分の意思で決めた職種ではなかった。事情により就いた仕事は、生活の糧を得るための手段であり、何より流されるままに生きてきた自分には選択肢は無かった。 25歳を過ぎた頃から、その事情や環境のせいにして愚…

私の上京と、そのしばしの終わり

はじめて自分のお金で借りた東京の部屋を明日引っ越す。 大学4年で東京に就職先が決まり、内定者としてアルバイトをさせてもらえるということで、地方の国立大のそばのアバートを引き払って東京に来た。 アルバイトで稼げるお金にしては少し背伸びした家賃と立地だったけれど、半年後には初任給も入…

人生初の桃かすてらを食べました。

今日、クール便で荷物が届いた。箱を開けてみると、そこには桃、桃、桃。大きな桃かすてらが並んでいた。 こんにちは、こんばんは。くりたまきです。 つくったふき味噌や、波佐見の柚子胡椒やお茶などを送ったら、お返しに送るねと言ってもらっていた。というのに昨日受け取りそこねてしまって、今日…