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『仙台の踊子』


『仙台の踊子』


国分町の入口に突っ立って、雪見だいふくを食べている適度にかわいい女の子の目が汚濁していた。
金髪ボブの童顔で、モスグリーンのTシャツに黒のボトムス、ナイキのスニーカーという格好である。
女の子は美しい眉毛をハの字にして、通りを歩く男を見ている。観察している。物色しているご様子。



作家の坂口安吾が、「仙台の街は今後きれいに発展していくだろうが、美人のいないのが残念だ」と新聞社の取材でそう語ったということを聞いたことがあるが、実際はそうでもない。また、世間的には仙台が日本三大ブスの不名誉を着せられているらしいが、それは現在の仙台には当てはまらないだろう。
もっとも、異性の好みは人それぞれであるので、仙台を訪れたとき、坂口安吾の好みの女性が周りにいなかっただけではないだろうかと私は想像する。



国分町から横断歩道を渡り、仙台駅前までのびているアーケード商店街に入ると大勢の見物客で賑わっていた。その日は仙台すずめ踊りが行われていて、
「トントコトン、トントコトン、そ〜れ、トントコトン、トントコトン、そ〜れ、トントコトン、トントコトン、そ〜れそ〜れそ〜れそ〜れ、それ!」
と篠笛や鉦や大小の太鼓や三味線などの二拍子の伴奏に乗ってノリノリで踊り狂っている踊り子たちの明朗快活な声が、アーケードの半透明の天井を振動させていた。踊り子たちは皆、溌剌としている。


どうでもいいけど少しやかましくないか、と思って舌打ちし、伊達家の家紋が「竹に雀」であることから「すずめ踊り」と呼ばれるこの郷土芸能を批判していると、私のすぐ目の前を歩いている二十五六の女が、デニムショートパンツのポケットから家のカギを落とした。後ろ姿が東京コレクションのモデルみたいなスタイルのよすぎる女である。私はカギを拾い、その女に声をかけた。邪な気持ちがないわけではないが、一応、親切心からカギを渡したのだ。
すると、女は振り向きざまに喜色満面の笑みで、「あら、懇切丁寧にありがとう。嬉しいわぁ!」と言ったのだが、私はぎょっとした。なぜなら、その女の顔がおかめであり、紫色の歯茎むきだしのあば口から、排水溝のぬめりみたいな涎をダラダラと垂れ流してすずめ踊りのリズムに乗っているからである。しかも、よく見ると、色白のスリムな足がこれでもかというくらい虻や蚊に刺されて赤く腫れており、極小粒のプチプチ緩衝材みたいになっていた。


私は操狂しそうになり、その女から走って逃げた。雑踏を掻きわけ、痺れた舌を出しながらアーケードを突き進むが、私の進行を妨げるように、鯉口シャツの上に腹掛けと半被、下半身は股引で、足は足袋や雪駄、くるぶしに鈴をつけた総勢百人くらいの踊り子たちが、「あ、そ〜れそ〜れそ〜れそ〜れ、それ!」などと言って、両手の扇子を振り回し、中腰のやや前屈みの姿勢で左右にぴょんぴょん跳ねながら私に突進してくるので、ひとたまりもなかった。


私は御影石敷きのアーケードのど真ん中で、ぜえぜえはあはあ、と肩息をつきながら近くにある水飲み場に駆け寄り、常用している精神安定剤を飲むなどして、気持ちを落ち着かせた。このすずめ踊りの騒音がどうにも耳に障る。私の神経を逆撫でする。
「何が、そ〜れそ〜れそ〜れそ〜れ、それ!」だ。
私はちっとも楽しくない。踊り子はお囃子に合わせて、雀が餌をついばむような奇妙な動きでステップを踏んでおり、観客まで入り交じって踊っていた。



喧騒の中でつと立ち止まった。すると、すずめ踊りを踊っている大勢の女の顔が全員、さっきの女みたいなおかめになっていた。のみならず、全員が結膜炎みたいに目が真っ赤になり、ある女は踊りながら甘だれの手羽先を食べていて、ある女は踊りながらマムシ酒を飲んでいる。路上の方々には砕けた手羽先の骨と割れた徳利の破片などが散らばっていた。
それでも、馬鹿の一つ覚えみたいに、「そ〜れそ〜れそ〜れそ〜れ、それ!」と言って踊っている。
挙句、首から木札をぶら下げたおかめの踊り子三人組がジャイアントカプリコにかぶりつきながら真顔で私に急接近してくると、その中のひとりが目の前で派手にずっこけたので、私が手を差し伸べたら、
「いい人ね」
「それはそう、いい人らしい」
「ほんとにいい人ね。いい人はいいね」
などと言うので、私はいよいよ怖くなった。

それから、踊り子に交じって不器用に踊っている観客の男が全員、カレーライス百人前を食べたような病的に太った体になり、特設会場に作られたステージに勝手によじ登ると、めいめいが汗まみれの手拭いを振り回しながら下半身丸出しで踊っていた。


踊り子とメタボの狂態にへっぴり腰になった私は、「もうだめだァ、これは坂口安吾のせいだッ!」
とうそぶいて、饅頭でも食べているように口をもぐもぐさせながら御影石の地面に手をつき、「もう踊るのをやめてください」と懇願すると、福の神である仙台四郎が祀られている三瀧山不動院という小さな寺院から、股間をまさぐった直後の男の手のひらみたいな悪臭がしてきたので、とうとう気が狂いそうになった。精神が荒廃し、脳みそが腐敗し、頭蓋骨がひしゃげて、体調の悪い野良犬の下痢みたいに頭部が大爆発してしまいそうになる寸前である。

だから、私は今から広瀬川へ行き、河川敷の貸しボートを無心で漕きながら青空を眺めることにした。


          〜了〜


愚かな駄文を最後まで読んでいただき、
ありがとうございます。
大変感謝申し上げます。


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