すっぽん

光線の暗い陰気な沼の底から叫喚。

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光線の暗い陰気な沼の底から叫喚。

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『好悪ちゃん』

『好悪ちゃん』   わたしは人の好き嫌いがはげしい性格である。 しかし、みんな、大概、わたしのことを誤解していて、いい人だとか、いつも穏やかだとか、優しいだとか色々と言うけれど、それは半分くらい間違っていると思う。 なぜなら、本当のわたしはいい人ではないし、案外短気だし、冷たかったりする。 のみならず、腹のなかで相手を罵ることもあるし、相手に変なあだ名をつけて、ひとりでほくそ笑んでいるような幼稚であさましい人間なのであーる。 けれども、日常生活を送る上で、わたしなりに

    • 『球泥棒』

      『球泥棒』 深く繁った熊笹の中からじじいが現れた。 土色の顔の歯の少ない汚らしい男である。 「おい、コラ!おめーら。うちの球を盗むんでねー、この。このガキんちょめがっ!」 と耳障りな濁声で怒鳴ると、右手のゴミ拾いトングの先端でチョンチョンと凌の二の腕を突いて、 「早く返せ、この野郎。あんぽんたん。返さねーと、おめーらの顔をぶん殴るからな、このぉ!」 と言って、地面に白濁した唾を吐いた。 間近で見るじじいの顔は肉厚で大きく、酒焼けした赤ら顔は、あられの鉄瓶のように肌がぼこぼ

      • 『仙台の踊子』

        『仙台の踊子』 国分町の入口に突っ立って、雪見だいふくを食べている適度にかわいい女の子の目が汚濁していた。 金髪ボブの童顔で、モスグリーンのTシャツに黒のボトムス、ナイキのスニーカーという格好である。 女の子は美しい眉毛をハの字にして、通りを歩く男を見ている。観察している。物色しているご様子。 作家の坂口安吾が、「仙台の街は今後きれいに発展していくだろうが、美人のいないのが残念だ」と新聞社の取材でそう語ったということを聞いたことがあるが、実際はそうでもない。また、世間的に

        • 『仮清掃員』

          『仮清掃員』 見たことがない甲虫の死骸なんかが転がっているトイレの中は蒸し暑かった。今日は私の誕生日だというのに、朝六時からクリニックのトイレ掃除をしている。今は七時半をすぎていて、派手に汚れている二階の男子トイレの個室の便器に手こずっていた。 汚い。本当に汚い。でっかい糞が穴につかえて流れていかない。こんな漬物石みたいな硬すぎる糞をするヤツはどんな野郎だよ。腸内環境がよほど悪いんじゃないか?というか、自分の糞を放置するってどういう神経してんの?そういう癖があるのかな…

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        『好悪ちゃん』

          『しょぼい俗悪』

          『しょぼい俗悪』 とろろ芋みたいなゲロを吐きそうになった。 つまんねー、と思っていた。私は今すぐに帰りたかった。大概、合コンは時間とお金の無駄である。 映画やドラマのように好みの異性が目の前に現れて、はじめましてこんにちは、なんてことは一度もない。少なくとも、私にとっては常にそうだった。 トイレに行くふりをしてそのまま消えようかしら、 なんて思っていると、鳩が餌をついばむような速度で小皿のバターコーンを貪るように食べている差し向かいに座る女が、どんよりと濁った目を鈍く光らせ

          『しょぼい俗悪』

          『夜尿』

          『夜尿』 算数の授業中、凌の後ろの席に座っている宮下君が突然、おもらしをした。 宮下君は口をへの字に曲げ、顔を真っ赤にして、股間を押さえつけているものの、小便はとまることなく、床にじょぼじょぼと流れ落ちた。 異様な雰囲気で教室がざわめいた。 女子が黄色い声を出して騒ぎ出した。 男子も頓狂な声を出して騒ぎ立てた。 凌は、はっとして、宮下君の顔から目をそらした。 他人が人前でおもらしをするところをはじめて目の当たりにして驚愕したのだ。しかも、それが毎日一緒に下校している友達だ

          『かさじぞう』

          『かさじぞう』 四六時中、エロいことしか考えてないような弛緩した赤ら顔のジジイが、余のことを注視している。 ジジイは焼き麩みたいな形の鼻からぼうぼうの鼻毛が出ており、口髭にはトマトケチャップがべっとりと付着していた。のみならず、歯が上下に一本ずつしかなく、酒臭い息をしきりに吹きかけてくる。 ジジイよ、あっちへ行け。穢らわしい。 余のことを見るな。その濁った目玉に余の美しい姿を映すのではない。余の魂も腐る。恥を知れ。 いい加減、その薄汚い手拭いを信玄袋に戻し、とっとと余の前

          『かさじぞう』

          『陰毛の渦』

          『陰毛の渦』 大学卒業後、社会に食べられる順番が遅かったせいか、私は歳を重ねても風貌があまり変わらない。 もうすぐ三十になるというのに、いまだにしょっちゅう大学生に間違われるし、初対面の年下の男女からため口をきかれることも少なくなかった。 ハローワークの近くにあるカフェでブレンドコーヒーを飲んでいた。木目調の丸テーブルの上に印刷してきた求人情報の紙を並べて、深いため息をつく。 かれこれ一年くらい無職である。ほぼ毎日、ハローワークへ行き、帰りにこのカフェで休憩しながら、友達

          『陰毛の渦』

          『かちかち山』

          『かちかち山』 薄汚ねぇババアがまた俺の悪口を言ってやがる。 俺の顔が間抜け面だとか、二頭身だとか、九九ができないだとか、挙句、童貞だと決めつけている。 まあ、ここだけの話、童貞なのは本当のことなのだけどさ。恥ずかしながら、それだけは事実です。 しかし、これだから田舎者を嫌悪したくなるのだ。狭小な世界で生きている井の中の蛙どもは、非常識でデリカシーがなく、自分勝手な無頼漢である。失礼千万のクズ人間である。華美な都会生まれの俺とはどうも肌が合わない。野蛮だし、訛りがキツいし

          『かちかち山』

          『無職沼』

          『無職沼』 夏の盛りをすぎたある日のことだった。 そのとき、私は無職十一ヶ月目だった。 毎日、ハローワークへ通うこと以外にすることが何もなかった。お金もないし、恋人もいない。友人たちはふつうに仕事をしていて忙しく、なかには結婚している人もいるので、彼らとは容易に会うことができなかった。自然とひとりの時間が多くなる。 ある朝、目を覚ますと、体が気怠く、上唇の右端が痙攣しており、頭の中で、ごうおーんごうおーん、という梵鐘が鳴る音がある一定のリズムで響いていた。のみならず、顔が

          『無職沼』

          『ぼっとんじじい』

          『ぼっとんじじい』 小学三年の凌が住んでいる家は、地方の田舎の一軒家である。赤錆びが吹いたトタン屋根の二階建ての家は、砂壁の和室、あまりにも急な階段、薪風呂、ぼっとん便所という如何にも古い屋造りだった。 その家での生活の中で凌が苦手なことがある。それがぼっとん便所だ。汲み取り式便所のことである。便器内の全体に穴が開いており、その穴に小便や糞を落とす和式便器なのだが、その穴にフタがないので、穴の底にある汚物が放つ悪臭がひどかった。 のみならず、腐った煮豆みたいなすえた臭いが

          『ぼっとんじじい』

          『蝦蟇心中』

          『蝦蟇心中』 日没前、モノリスみたいなタワーマンションの谷間にある路地を歩いていると、二匹の蝦蟇が交尾していた。どちらも体長が十センチほどであり、頭部は幅広く、暗褐色の胴はずんぐり型で太く肥えている。また、身体には黒の帯模様や斑点があり、ゴツゴツしたイボ状に突起した胴の皮膚が分厚かった。 おいおい、こんな路上のど真ん中で何をやってんだよ、バカヤロー。ずいぶんと大胆不敵な蝦蟇じゃないか。あー、いい気持ち、じゃないんだよ。恥知らずの色情狂め。せめて、路肩まで我慢しなさい!

          『蝦蟇心中』

          『やまいだれ』

          『やまいだれ』 六波羅蜜寺の空也上人立像のようなたたずまいで、左のレジに突っ立っている店員の男が、こちらどうぞー、と言ってわたしを見ながら手をあげた。 しかし、わたしは踵を返して、近くの棚に陳列してある蒸気でアイマスクを手に取り、商品の裏の説明書きをしげしげと見てごまかした。無論、買うつもりはない。なぜなら、それは家に腐るほどストックがあるからだ。それから、わたしはブリンク182が流れている店内を意味もなくぶらぶら一周して、ふたたびレジへ行くと、左のレジには客がおり、右のレ

          『やまいだれ』

          『私の勝手』

          『私の勝手』 クラシカルな雰囲気の純喫茶で固めのプリンを食べているとき、右斜前のソファ席に座った中年男がスマホを見ながら、偉そうにふんぞり返っていた。 遮光器土偶のような顔の五十半ばの男である。男は額から後頭部にかけてハゲていて、闘牛の顔が散りばめられている変なデザインの黒のパーカーを着ていた。また、奥さんと思しき中年女が男と差し向かいに座り、爪をいじりながらうつむいている。 すると、店員の女がメロンクリームソーダとマンゴーミルクをお盆に乗せて彼らの席に近づいてきた。妙に

          『私の勝手』

          『人間終曲』

          『人間終曲』 人間は忘れっぽい生き物であるらしい。 はじめて会ったときはこんなに可愛い人は他にいないと思っていて、あんなに好きだった彼女のこともやがておざなりになり、最近では会うのも些か面倒になってきた。そして、そんな自分をフンコロガシ以下のクソな人間だと思うと自己嫌悪に襲われ、生きていることがだんだんと嫌になってくる。圧死なんかで悶えて死んで、彼女に詫びを入れたい。 看護師の阿久津さんと付き合ったのは一年半以上前のことだった。私は病院の手術室で五年くらい働いていて、そ

          『人間終曲』

          『二百円』

          『二百円』 眉毛サロンで毛抜きを使い、眉毛を抜かれているときは悶絶するほどの拷問に近い。 まるで目玉の裏側を細い針でつつかれているような痛みをいちいち感じ、死ぬ三時間前みたいなうめき声を漏らしそうになるのだが、何とかたえていた。 それでも容赦なく、すいとんのような顔をしたサロンの女性は、毛抜きで、わたしの毛量の多い剛毛な眉毛を一本ずつ懇切丁寧に抜いてくる。 だから、わたしは膝かけの下に隠れている右手と左手を交互にわなわなとふるえさせながら、いっそのことわたしを殺してくれない

          『二百円』