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まとめ『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』

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『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』プロローグ

『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』プロローグ

こんにちは、あまたつです!
うつ病や統合失調症など精神障害を発症した人は健常者と比べると圧倒的に生きづらくなりますよね。

今まではバリバリ働いていた人も布団の中で死と向き合う日々が続くかもしれないです。障害という重りを足につけられたまま生きるのは簡単ではない、僕自身がそうでした。

躁鬱病、統合失調症など併発した僕は健常者と同じようになりたくも、どうあがいても無理でした。

フルタイムで働いてい

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『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』障害者ライフの始まりは大学生

『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』障害者ライフの始まりは大学生

これから様々な活動する前のただの障害者だった頃の闘病記を書いていきます。

僕の闘病記は大学生から始まります。サークルを3つ掛け持ち、アルバイトはドラッグストアで週4日働くなど月曜日から日曜日まで毎日夜21時以降に家に帰る日が増えました。今思うと恐ろしい体力ですよね、若さって怖い。

元々小学生の時から冬になると元気の度合いが下がってしまう僕は秋や冬に元気が無くなるのは割りと当たり前な感覚でした。

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『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』就活中、躁は時には役に立つ

『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』就活中、躁は時には役に立つ

今回は障害者枠での就活事情を語ります。

大学4年の7月に就職活動を中断した僕は卒業式が終わった後から就職活動を再開させました。

すでに躁鬱病とアスペルガー症候群の発達障害は診断を受けていたので障害者枠での就職活動になります。

名古屋の就職活動をサポートする会社に登録してインターンなどを通して内定か判断されるような形をしていました。

大学卒業後はいくつかインターンで会社を経験し働く人たちの人

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『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』働く前に就労訓練を受けてみた

『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』働く前に就労訓練を受けてみた

こんにちは、あまたつです!
今日は就労移行支援事業所を経て障害を持ちながら働くための準備をした経験を語ります。

就労移行支援事業所?働くための訓練?
なんじゃそりゃと思われたかも知れません。  

近年は知的障害や身体障害だけではなくうつ病や発達障害(アスペルガー症候群、ADHD)や統合失調症など精神障害のある人の雇用問題があり、働くための就労訓練が広がってます。

僕自身も発達障害や躁鬱病があ

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『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』精神障害抱えて働くのはハードモード

『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』精神障害抱えて働くのはハードモード

こんにちは、あまたつです!
就職活動ですが無事に人事総務部に内定しましたが、躁鬱病(双極性障害)や発達障害を抱えながら苦しみながら働きました。

僕が入社したのはペットボトルや紙パックの容器を作るメーカーの人事総務部で本社勤務でした。生産する製品は普段飲んでいる製品なので会社を好きになりました。

障害者枠のトライアル雇用(働いてみて適性を見る雇用)でしたが憧れの人事の仕事に就けたので嬉しかったで

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『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』退職後、待っていたのは希死念慮

『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』退職後、待っていたのは希死念慮

こんにちは、あまたつです!
躁鬱病と発達障害を抱えて働いていましたが、鬱が悪化したりストレスが溜まり働けなくなり退職することになりました。

通っていた就労移行支援事業所に戻り療養生活をしていました。

会社を辞めてからすぐにパートで働くつもりでしたが鬱がまだ残っており、就労移行支援事業所に通える程度でパートをやるには厳しかったです。

秋頃、療養生活を過ごしていましたが、次第に「死にたい」という

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『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』入院生活をまとめてみた

『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』入院生活をまとめてみた

こんにちは、あまたつです!
精神科の隔離病棟での入院生活を書こうと思ったんですが、すでに前作『実は僕、統合失調症なんです!』で書いておりました。

これを超えるクオリティーは無理でどうしても劣化版になるので入院生活の記事をまとめて、読みたいものを読んでもらうことにしました!

どんな記事かを解説するので読みたくなったら読んでください。前に読んだけど話を忘れてしまった方も読んでみてください。

そし

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『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』不遇時代を変えたブログとの出会い

『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』不遇時代を変えたブログとの出会い

こんにちは、あまたつです!
統合失調症になり退院してからどこか閉塞感を感じていました。まともに働けない。結婚できない。あとはただ年を取るだけ。という現実に

「もう僕の人生は終わった」

時給200円で働くB型作業所にいた時はそう思っていました。なんで奨学金で大学に行ってしまったんだろうと自分の生き方を責めるようになります。

希望もなく、軽作業をやって休みの日はデイケアに行き人生を過ごしていまし

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『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』何者かになりたかった日々

『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』何者かになりたかった日々

こんにちは!あまたつです!
ブログで自分を表現できるようになり、苦しかった現実書いていました。

作品を作る楽しさもありますし、ブログ内でのコンテストに応募したところ人気記事に選ばれるなどブログを活発にやっていました。

通っていたデイケアやB型作業所に慣れていき充実した生活を過ごしていました。

このまま生活できたらどんなに幸せなんだろう。そう思っていた時期もありました。

しかし現実は甘くあり

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『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』ピアサポーターってなんですか?

『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』ピアサポーターってなんですか?

こんにちは、あまたつです!
ダイエットインストラクターの資格を取る前に話は遡ります。

通院している病院の向かい側に地域活動支援センターという精神障害者が日中集まって過ごす施設があります。

デイケアと最初は併用して地域活動支援センターに併用していましたがデイケアは辞め、地域活動支援センターで活動するようになりました。

その施設は卓球クラブがあったり、新聞編集会がありデイケアよりも自主性を大切に

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『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』ただの障害者が講演家になるまで。

『統合失調症、躁鬱病が僕の生きる武器に変わった』ただの障害者が講演家になるまで。

こんにちは、あまたつです!
永らくお待たせしました。ついに統合失調症、躁鬱病が生きる武器に変わる話を書きたいと思います。

地域活動支援センターという施設に普段週1〜3通ってます。

2022年になってからその施設でピアクラブが発足されました。内容としては障害を持ちながらも自分なりの方法で活動するというものでした。前回説明したピアサポートに関するクラブ活動ですね。

元々地域活動支援センターに実習

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