わかりあえること、目を見てもらえること

こんばんは、ゆきんこです( ¨̮ )
身体的にかなり回復してきた母の意識に
ついてお話しようと思います。

リハビリでかなり体が動かせるように
なってくると、意識がはっきりしている時間が
少しずつ出てきて、虚ろだった目がはっきり
してきました。

いちばん不安だったこと

なによりの懸念材料だった、
家族がわかるかということ。
手を握ってとか、あげて、とか簡単な指示が
伝わるので、言葉の理解ができ

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死亡率3分の1の急性膵炎という病気になった件(1)

10年以上前、急性膵炎と言う病気で二週間入院した。25歳のころだった。

この入院が後の人生観を大きく変えた。

25歳にして倒れる

ITエンジニアとしては駆け出しで、サーバソフトウェアのテクニカルサポートを2年ほど続けていた。早めに帰り、当時住んでいた東武東上線成増駅の商店街の先にあるうどん屋さんでかき揚げを食べ、20時ごろには帰宅し家で休んでいた。

23時ごろ、強烈な腹痛に見舞われ、どうせ

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術後8日目。

2/24 7時には起床。寝れたり寝れなかったりだけど最初から比べたら全然寝れている!あとは鼻詰まりだけが試練。

検温血圧血糖値心拍数測定して朝食を食べ、9:00頃先生達が回診に来て今度は脂肪を脳に移植するのにお腹切った所のテープを剥がして抜糸?みたいなことをして(これがちょっと痛かった)消毒などをしてガーゼを貼ってもらい終了。びびりだからハサミみたいなのでお腹チクチクされて怖かった。

10時に

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入院4日目

みんな、休むために入院してるわけで。
だけど、人がいる場所でどう休んだらいいのか私にはわからない。

昨日も、今日も、泣いてしまった。

よろこんぶ。
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43歳。初めての入院で、心、涙、家族。(後半)

18時半ごろ奥さんと娘は僕の夕食を見て、なんとも質素で可哀想、と言い残して帰っていきました。人生で何番目かに寂しい別れ、に感じましたが、娘は娘で何しろまだ幼稚園の服のままだし、明日は大事なお遊戯会だし、いつまでもここにいさせるわけには行きません。

奥さんと娘のいなくなった病室は、急に現実の色を帯びてきました。狭苦し硬いベッド。カーテンレールでぐるり覆われた部屋。音楽もなくテレビの音もなく、ただ入

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ヤッホイ!
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文章を書くのが苦手であるという話

お久しぶりです。SUZUMIです。実は先月まで入院していました。病院に長期でお世話になるのはお久しぶりでとても大変で正直辛かった。

(入院についてはラジオ番組SRBでお話しています→こちら)

入院中に何か出来ることはないかなぁと考え、ライバーやラジオは音声が必要になるので難しかったけど「そうだnoteがある!」と思いましたが行動に移せませんでした。

それはなぜかと言うと実は私文章が書くの

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肺気胸を2度経験した男のその後

結論から言いましょう。

肺気胸になってもその後の生活には全く影響はないです。(手術後は)

2度の肺気胸になった経験が少しでも皆さんの参考になればと思いキーボードを叩いています。

まず、こちらの記事は以下の方を対象としています。

・肺気胸についてどんな症状かをある程度知っている方

・発症中の方

・経験者でその後が不安な方

「肺気胸とは?」みたいなことについてはあまり触れてませんので、ご

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すべりこみpolca始めました

どうもこんにちは、粕野です。

今回はこれまでのカス人生について書こうかと思ったんですが、その前にクラウドファンディングとして有名なpolcaがサービス終了すると聞いたのでこれを機に企画を立ててみました!

https://polca.jp/projects/yfRWvK7RHGU

ずっと気になってたんですよね〜polca。

立派な夢とか目標でもないのにこんな企画立てていいのか!?と迷いました

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