大病体験記 第3章「無より転じて」04
さて、保育園勤務、人に恵まれ、やりがいもあり、とても充実していたのだが、唯一といっていい難点が、「連休が取りづらい事」だった。
固定の休みは日曜日のみ。その他の休日は、スタッフの希望を聞きつつ、全員が月に4日程度休みを取れるようスケジュールを調整する。
彼の休日取得は、県外出張や会議出席の多いT園長が園に居られる日に限られることから、日曜日とくっつけて2連休にすることすら困難で、そんなラッキーは数か月に1度あればいい方、という状況だった。
単身赴任地のF県と自宅のあるO県は隣県なので、日帰りできないこともなく、鉄道やバスで土曜の深夜便に乗ってO県に戻るという事も可能だったが、彼は移動に時間と費用を取られ過ぎることがあまり好きではなかったため、帰省の頻度は下がってしまった。
初めての帰省は、年末年始。
全社的に12月29日~1月3日までの6日間が休みとなるチャンスに、O県O市に戻った。
まず、妻が娘を連れて車でF県に遊びに来た。
繫華街を家族で歩いた後、彼の運転でのんびりと自宅に戻る。
車中の雑談は、手術前の引っ越しの時と同様、他愛なかった。
妻との会話の中身については、普段のメッセンジャーでのやり取りの方が、内容が濃いように思う。多分、必要な事柄しか記載しないためだ。実際に会ってみると、身構えて語り合うような話題は、ほとんどなかった。
年末、年始と、双方の実家に立ち寄ったり、年越しそばを減塩に仕立てたり、初詣に行ったり、狭い茶の間でテレビを見たり、娘の宿題を手伝ったりしながら、ゆったりと過ごすことができた。
その次の帰省は、3月。
バイト休みが取れた息子が1週間ほど帰れる事になったタイミングに合わせ、土・日の連休をもらった。
金曜夜のバスに乗り込み、深夜に帰宅する。
茶の間には息子がいて、はにかみながら彼を迎えてくれた。
翌日は、習い事のある娘と付き添いの妻、友人と遊ぶ息子と離れ、昼間はドライブを楽しんだ。
県内屈指の滝の名所を訪れ、咲き誇る菜の花とともに撮影する。
撮影行は病気の前も行っていたが、車中で煙草を吸わないだけでなく、運転中の考え事の内容も、以前とはだいぶ違った。
その夜、数年ぶりに、家族4人で外食に出た。
12月に20歳を過ぎ、酒の飲める歳になった息子。
彼も、深酒は厳禁であるものの、一杯程度の飲酒は可能だった。
妻と3人で、1杯ずつ、アルコールを注文する。
「成人した息子と一緒に酒を飲む」というささやかな夢は、その日、叶った。
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