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『藤子・F・不二雄 SF短編コンプリート・ワークス4 パラレル同窓会』 : 残念ながら、マンネリ気味

書評:『藤子・F・不二雄 SF短編コンプリート・ワークス4 パラレル同窓会』(小学館)

藤子・F・不二雄 SF短編コンプリート・ワークス」第4巻は、第1〜6巻の「SF・異色短編」シリーズの4冊目にあたり、1978年から翌1981年に描かれた、『漫画アクション増刊スーパーフィクション』『ビックコミック』『ビックコミック特別編集ビッグゴールド』『SFファンタジア』といった青年漫画誌やSF専門誌に、不定期に発表された作品を収録している。当然、内容的には「大人向け」である。

収録作品は、次のとおり。

(1)「あのバカは荒野をめざす」
(2)「並平家の一日」
(3)「ぼくの悪行」
(4)「パラレル同窓会」
(5)「あいつのタイムマシン」
(6)「メフィスト惨歌」
(7)「神さまごっこ」
(8)「いけにえ」
(9)「超兵器ガ壱號」
(10)「クレオパトラだぞ」
(11)「テレパ椎」
(12)「旅人還る」

そして、巻末エッセイとして「「もしも、あの時…」一『パラレル同窓会』に寄せて一」が収録されている。

本巻は、はっきり言って、これまでの巻に比べると、いまひとつパッとしない。
こちらが、藤子・F・不二雄の短編SFマンガに慣れたということもあるだろうが、それよりもむしろ、作者が短編SFをたくさん描きすぎて、慣れと言うか、パターンで描いてしまっているところがあるのだ。一一というのは、私の意見ではなく、藤子・F・不二雄ご当人の意見であり、巻末のエッセイには、そうしたことが書かれている。

『 何を書けばいいのか。この「パラレル同窓会」についてですね。何か解説めいた事を書かねばならないんだけど…。何も浮かばないんですよ。久しぶりに読み返してみると(実は原稿渡してから初めてなんです。こういうシリアスな作品は妙に照れ臭くて)、かなり雑な絵ですね。例によってシメ切りに追われて書きとばしたんだね。誤植もある…。まぁ、こんな事今更言っても仕方ないんだよね。さて、何を書こう。はてな。こんな感じの作品、過去に何本もあったような気がするぞ。例えば「自分会議」「分岐点」 「あのバカは荒野をめざす」など…。もしあの時、ああしていたら、という発想に基づいた一連の短編。「ドラえもん」でも何度か書いたっけ。それに「ぼくの悪行」「ふたりぼっち」などのパラレルワールド物。肌合いがそっくりなんですね。イヤハヤみっともない。ま、誰にでも好みの題材、好みの世界って物はありますがね。例えば僕の場合、何かと言えば恐竜を登場させるなんてのもそれですね。アイディアに困ると宝探しを始めたりね。「オバQ」「パーマン」「ウメ星デンカ」皆やりましたね。「ドラえもん」に至っては、もう十回ぐらい宝を探してるんじゃないかな。でもね。僕の場合、わずかな例外を除いて、全部一話完結の読み切りなんですよ。年百本近く話を作り続けて三十余年。ざっと三千話も書けば、似たような話がでてきても仕方がないのじゃなかろうか…なんて甘えの許されないのがこの世界なんですね。大多数の読者はシビアです 作者の事情を汲み取り、同情的に読んでくれたりはしません。当然ですね。彼らは金を払って雑誌なり単行本なり買うのだから。代価に見合う面白さを期待する権利があるのです。だから、やはり「ワンパターン」などと批判される作品を書くべきではない。パラレルワールドものは書くまいと心に誓うのです。
 それにしてもこの文章、取り留めがないなぁ。何かもっと実のある事を書くべきだが…。考えつかないね。困ったね。本業の方のシメ切りも二本ばかり過ぎてるのがあるしね。こんな原稿、引き受けるんじゃなかった。もしもあの時、依頼を断っていたら…。ぼくは今頃暖かいフトンの中で…。まてよ、この材料で一本書けるかも…。

初出:『月刊UTOPIA』1983年1月31日発行 』

最後の「オチ」があるからこそ藤子は、自作をマンネリ気味でイマイチだと語り得たのであろう。でなければ、いくら正直だとは言っても、それはそれで、無責任だとも言われかねないからだ。なぜなら、「こんなふうに書いたからと言って、では次からワンパターンを避けられるのか」と言われた場合、(執筆ペースを極端に下げないかぎり)まず避けられないだろうというのは、作者自身も気づいていることだからだである。
つまり、このエッセイ自体が一種の「フィクション」仕立てだからこそ、このように書けたとも言えるのだが、いずれにしろ内容的には、「正直な本音」であろう。

ただ、ここで、ひとつ書いておきたいことがある。
このエッセイが書かれた時代の読者は、純粋に「作品を楽しむために、代価を払って漫画を読んでいた」から、作品がマンネリ化すると、それを許さなかった。大半の読者が「もっと新鮮なものを」と、正直に要求したのだ。
ところが、今の読者、特に「藤子ファン」を名乗りたがるような輩は、「楽しいマンガ」が読みたいのではなく、自分が「藤子の良き理解者」だと思われたいものだから、何でもかんでも褒めまくるという傾向がある。どうせ、むかし読んだ作品で、その時は面白かったのだから、今でも面白いに違いない、といった程度の甘い認識で、純粋に「作品を楽んだ」結果としてではなく、自身の「承認欲求を満たすために」、知ったかぶりでレビューを書いたりするから、どうしたって「提灯持ち批評」になってしまう。
売り手である編集者でもあるまいしと、当時の藤子・F・不二雄が、そんな「今の藤子ファン」を見たなら、ありがたいと思う以前に、きっと「きみ悪く」感じたことだろう。

(1)「あのバカは荒野をめざす」は、 著者の言葉どおりで、いつものパターンである。特に良くないのは、ラストの無難なまとめ方だ。

(2)「並平家の一日」は、今でいう「マーケティング」の問題を扱うと同時に、いかに多くの人が「宣伝」に踊らされ「欲望を製造配給させている」かという、資本主義経済の問題を描いている。みんなが「すごい」と言えば、自分も心から「すごい」と思えるほど、中身のない人間が多いという、かなり辛辣なお話だ。
内容的には『藤子・F・不二雄 SF短編コンプリート・ワークス9 宇宙船製造法』所収の「コマーさる」と被る部分が多い。

(3)「ぼくの悪行」は、パラレルワールドのもう一人の自分と出会い、お互いに相手の方の世界に行き、「旅の恥はかき捨て」的なことを、やられてやり返すが、最後は一捻りあって一段落。一一だが「それで良いのか」と感じるのが、真っ当な神経だ。

(4)「パラレル同窓会」は、人生の分かれ道での世界の分岐によって生まれた、いろんな人生を歩んだ多くの「自分たち」との同窓会、というアイデア。立身出世した主人公は、しかし、芸術家になった自分の生き方に憧れを感じて、人生をとりかえるが…。というオチが、無難かつ、ありがち。

(5)「あいつのタイムマシン」は、ありがちな話だが、ラストがうまく決まっている。視点人物である主人公の扱い方が良かったということだろう。主人公に感情移入して読んでいると、ラストで「あれっ…。ああ、そうか」となる。

(6)「メフィスト惨歌」は、悪魔が、ずるい人間に騙されるというお話。ラストがおおよそのところ、読めてしまう。こういう話は、大昔からあるパターンだろう。

(7)「神さまごっこ」は、いささか、主人公の頭が悪すぎる。

(8)「いけにえ」は、本巻でいちばん面白かった作品。「宇宙人の考えは、人類には理解し得ない」というお話で、最後までその不条理で押し切った、理に落ちないで、理を通した作品。

(9)「超兵器ガ壱號」は、日本の戦時中の愛国イデオロギーを批判的に扱った作品。ラストは、そんなものを真に受けるのは、結局、精神的かつ知的に「幼稚未熟」だったのだ、という皮肉になっている。

(10)「クレオパトラだぞ」は、クレオパトラの生まれ変わりで、その前世の記憶を持つ、現代の日本人青年のお話。 どうせ生まれ変われるんなら、今より落ちることはない、という安直な発想で生まれ変わりに期待するが。一一当然、そううまくはいかない。想定が甘すぎるのだ。

(11)「テレパ椎」は、それを持っていると他人の本音が聞ける、という不思議な「椎の実」のお話。当然、他人の本音ばかり聞こえてきたら、嫌になるというのは分かりきった話。これは、中高生あたり向けにこそ書かれるべきお話で、大人にとっては当たり前すぎよう。
このお話は、藤子・F・不二雄 SF短編コンプリート・ワークス8 流血鬼』所収の「耳太郎」と、同工異曲。

(12)「旅人還る」は、恋人を捨てて、二度とは戻れぬ遠宇宙への旅に出た主人公が、その選択を後悔した頃には、地球側では(地球時間では)すでに地球は存在しないほど時間が経っていた。しかし、あることから、主人公は出発した時の地球に戻ることができたという、ワンアイデアのタイムパラドクスSF。
お話的には、『藤子・F・不二雄 SF短編コンプリート・ワークス3 カンビュセスの籤』所収の「一千年後の再会」と、ほとんど同じ作り。アイデアに違いはあるものの、やはり本質的には似ていると言うべきであろう。これ単体として読めば、それなりに楽しめるが、「一千年後の再会」を読んだ後では、二番煎じの印象は否めない。

と言うわけで、残念ながら今回の「第4巻」で、純粋に面白かったと言えるのは、(8)「いけにえ」と、巻末エッセイ「「もしも、あの時…」一『パラレル同窓会』に寄せて一」の2本だけ、という結果になってしまった。


(2023年10月17日)

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