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森岡浩之 『プライベートな星間戦争』 : 生まれ変わったわけでもなかろう。

書評:森岡浩之『プライベートな星間戦争』(星海社)

あまり面白くなかったし、体調も良くないので、簡単に片付けてしまおう。
原稿料がもらえるわけでもなければ、無論、仕事でもないというのに、それでもこんなものを書こうというのは、我ながら本当に書くのが好きなんだなと感心するし、そっちの方が大切なことなのだと思う。
あと、私には「片づけ癖」があるので、面白くなかったものは面白くなかったものなりに、あるべき位置に片付けてしまいたいという欲望が強いのだ。我ながら因果なことである。

本書を読んだのは、ネット記事でおすすめされていたからである。
SF評論家の牧眞司による、サイト『WEB本の雑誌』の連載記事「【今週はこれを読め! SF編】」の「2023年12月26日」付「ポストヒューマン・テーマの傑作〜森岡浩之『プライベートな星間戦争』」である。

詳しくはこの記事を読んでもらうとして、この記事の結論としてはこうなる。

『まちがいなく森岡浩之の新しい代表作と言える傑作。』

私は本作で初めて森岡浩之を読むのだが、これが森岡の代表作なのなら、もうこの作家は読まなくていいのだろう。すでに昔の短編集『夢の樹が接げたなら』を買ってあるので、その1冊くらいは読んでもいいかなとは思うが、いずれにしろあまり期待はしない。

本作は、2部構成で、第1部は、どこかの宇宙空間で、迫り来る「悪魔」の基地(?)か何かから、「神」を守って戦うために生み出された、「天使」と呼ばれる者たちの戦いを描いている。
彼らは、「悪魔」と戦うために生み出された存在なので、戦って死ぬことに疑問を持たないし、それ以上の望みもないに等しい。また、自分たちが「神」の軍勢であり、敵が「悪魔」だということで、自分たちの正しさに寸毫の疑いも持っていない。そもそも、「神」の意志を疑うを持つことは、間違ったことだと教えられているので、疑おうとはしないのだが、なんともシンプルな思考回路である。

しかも、天使たちを指導する者たちは、「悪魔を憎め」と言う。「神に敵対し、攻撃してくる悪魔を倒すためには、憎むことが必要であり、それは正しい」という理屈なのだが、これまたなんともシンプルな理屈で、ここまで言われると、さすがにこの自称「神の軍勢」の「正義」とやらを疑わないわけにはいかなくなる。
現実には「鬼畜米英、進め一億火の玉だ」などといったスローガンを本気で信じた国民もいたにはいたのだけれど、それをそのまま小説の中でやられては、あまりにリアリティが無さすぎるし、作者もそれはわかってやっているに違いない。

そもそも、これは「宗教的な世界」を描いたものではなく、あくまでも「宇宙空間」のどこかで行われている星間戦争なのだ。
したがって、「神」だの「悪魔」だの「天使」だのといった名称はあくまでも、自分たちが勝手に名乗っているだけであって、本来の意味での、つまり、キリスト教が言うところの「神」でも「悪魔」でも「天使」でもないというのは明らかなのだから、戦うために生み出されたという「天使」たちが、「神」を名乗る何者かに騙され戦わされているというのは、ほぼ間違いない。
であれば、敵が「悪魔」と呼ばれているからといって、邪悪な存在である蓋然性は、きわめて低い。いや、「神」の方が、戦闘員としての「天使」たちを作って、彼らに事実を伝えることもなく戦争をさせているような邪悪な存在なのだから、むしろ、その「神」を攻めにきているらしい「悪魔」の方が、真っ当である蓋然性の方が高いだろう。

(こういう世界ではない)

このほかにも、「神」を疑って然るべき、理不尽な悲劇が「天使」たちを襲う。一一そんなわけで、この第1部で描かれている、「名称上の善悪区分」を真に受ける読者は、ほとんどいないはずだ。

であれば、第2部で、その「種明かし」がされるというのは当然のことで、要は、それが「意外性のあるものか否か」が問われることになるのだが、結果はどうだろうか?

あんまり書くと、いわゆる「ネタバレ」になるのだけれど、この程度のネタをバラしても問題はあるまいという気になる一方、わざわざ、面倒な説明をしてまで種明かしをする気にもならないので、やめておくことにする。なにしろ私自身、軽い頭痛があって本調子ではないのだから、懇切丁寧に、本作のつまらなさを解説する気にならない。それに幾ばくかの意味があってもだ。

なるほど、本作は「ハードSF」として、ひとつのユニークな世界を構築しているのだけれど、斬新というほどのものではないし、そもそも肝心の「物語の造り」が平板なのだ。
説明されれば、「なるほどね」とは思うものの、それで「あっと驚かされる」わけでもなければ「深く考えさせられる」わけでもない。全体として「ワクワクさせられる」物語だというわけでもない。
あくまでも、「ああ、なるほどそういう話なのね」で終わりである。

作者の、森岡浩之はかつて、かなりの人気を博したSF作家だ。
上の牧真司のレビューの冒頭で、次のように紹介されているとおりで、

『 壮大なスペースオペラ星界の紋章》シリーズ、小松左京半村良の系譜につらなるパニック巨篇『突変』日本SF大賞を受賞)、そして短篇集『夢の樹が接げたなら』に収められた超絶アイデアの逸品......森岡浩之はSFの要諦を知り尽くした作家だ。』

ということなのだが、最も人気があったのは『星界の紋章』に始まる「星界シリーズ」。これはアニメにもなって一世を風靡した。

『星界の紋章』(せいかいのもんしょう)は、森岡浩之による日本のライトノベル。イラスト担当は赤井孝美が担当している。ハヤカワ文庫(早川書房)より1996年4月から同年6月まで刊行された。第28回星雲賞日本長編作品部門受賞作。2021年4月時点でシリーズ累計部数は200万部を突破している。メディアミックスとしてテレビアニメ化、2度のコミカライズ、ゲーム化もされている。
『星界の戦旗』(続編)・『星界の断章』(短編集)と合わせて『星界シリーズ』と総称される。』

(Wikipedia「星界の紋章」

なにしろ『シリーズ累計部数は200万部を突破』なのである。

だが、牧のレビューで強調されているのは、そこではなく、森岡がソフトからハードまで、なんでもござれのSF作家だという点である。
牧はなぜ、もっと「星界シリーズ」の大成功を強調しないのだろうか?

それはたぶん、「星界の紋章」が、一世を風靡した「ラノベ」だからであり、すでに「ラノベブーム」は過去のものとなっているので、森岡に、いつまでも「ラノベ」作家のイメージがつきまとうのは、本人のためにも「得策ではない」と、そう考えたからではないだろうか?

だから紹介文では、業界的に評判は良くても、売れ行きや知名度としては「星界シリーズ」にはるかに及ばなかった作品を、同等に並べたのではないだろうか。
森岡が再度、SF作家として活躍するとすれば、むしろこっちだという見込みがあり、事実、本作『プライベートな星間戦争』は、

『 ひさかたぶりの新作長篇となる本書は、ポストヒューマン・テーマの本格宇宙SFである。』(前同)

からではないだろうか。

だが、いかにも時流に合わせて『ポストヒューマン・テーマの本格宇宙SF』などと呼んでみたところで、森岡浩之が別人になったわけではない、というのは、本書を一読するだけで明白だ。

私は、本作を読んで「ああ、こういう作家か」と、なるほど納得だけはできたのである。


(2024年2月26日)

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