見出し画像

ンネディ・オコラフォー 『ビンティ ─調和師の旅立ち─』 : 黒人少女の〈超種族〉冒険譚

書評:ンネディ・オコラフォー『ビンティ─調和師の旅立ち─』(早川書房)

ちょっと勘違いをして、もともと私の好みではない「冒険SF」を買ってしまった。
本書の帯(前面)には、次のような惹句が踊っている。

『天才的数学者で稀有な〈調和師〉である少女の胸躍る冒険譚』
『アフリカ系アメリカ人の 最注目作家が描く 宇宙冒険コンタクトテーマSF』
『ヒューゴー賞/ネビュラ賞受賞』

私は、これらの文言の中から「天才的数学者で稀有な〈調和師〉である少女」「コンタクトテーマSF」だけに注目してしまい、早呑み込みで「数学的手法を使って、異星人とのファースト・コンタクトを、平和裏に成功させる少女の物語」といった「ハードSF」だと思い込んでしまった。つまり、「胸躍る冒険譚」「宇宙冒険」「コンタクトテーマSF」の方は読み流してしまったのだ。ちゃんと、「冒険」物だと書いてあるし、「ファースト・コンタクト」物だとは一言も書いてはいなかったのに…。

したがって本作は、私個人にとっては、あまり面白いものではなかった。でも、それは、作品の責任ではない。
本作は、面白い人には面白い作品なのだろうし、2つのSF文学賞を受賞しているのだから、不出来な作品であろうはずもない。

ただ、私と同じような「失敗」をする人が出ないように、本作について、少々解説を加えておきたい。

(1)まず本作は、「ハードSF」ではないので、主人公の少女ビンディが「天才数学者」だと言っても、難解な「数学的(架空)理論」が登場するわけではない。それらしく「数式」が出てくるだけで、無視しても全く差し障りのない、演出的な小道具でしかない、と言っていいだろう。

(2)本作は、「ファースト・コンタクト」物ではないので、異星人との意思疎通で苦労するということは、ほとんどない。そこがポイントではなく、問題は、異星人には「文化的背景の違いによる異質性がある」という程度の上層的な「違い」でしかない。
平たく言えば「人類の異種族間における文化的差異」の「アナロジー」でしかなく、乗り越えがたい「本質的な違い」といったものではない。そのため、人間からすると「異形」の異星人も、考えていることは極めて「人間」的であるし、そのため多様な異星人の集う「大学」もあれば、主人公には異星人の友達もできるし、語り合うこともできる。

つまり、この物語は「宇宙」を舞台にしているけれど、基本的には「異民族のアレゴリーとしての異星人との、人間の物語」だと言っていいだろう。だから、尖ったアイデアや物語を期待すると、期待外れになってしまう。
あくまでも、この物語は、異星人とのコミュニケーションが可能な異能の少女が、異星人と人類、人類の中の異種族の間で、トラブルを回避のために活躍する冒険譚なのだ。

だから、本書のテーマは、「文化的差異に由来する偏見による差別的断絶を、どのように乗り越えるのか」という、いかにも「黒人作家」らしいものになっているのだが、このテーマも決して、それだけを追求するような、テーマ偏重の作品ではないから、多くの人が楽しめる「冒険活劇」になっているし、反面、テーマの掘り下げに期待した読者には、やや物足りない作品だとも言えるだろう。
これは、本作がもとは、本作の第一部にあたる部分の中編作品として書かれ、それが2つの賞を受賞するなど、とても評判が良かったため、連作として書き継いだ三部作を、後で長編にまとめなおした、という成立過程に由来する部分が大きいのかもしれない。したがって、二つの賞は、長編として受賞したものではない。そんな事情もあり、「冒険活劇」として読めば、次々と変化する「展開」を楽しめるものの、「長編」を貫く重厚なテーマというほどのものは、構築し切れなかったのかもしれない。

主人公のビンディが、異星人とのコミュニケーションが可能になるのも、「人類の知力を尽くして」といったものではなく、成り行き的・受動的に「コミュニケーションが可能となるように、異星人に改造された」と言うに等しいものとなっており、このあたりが「コミュニケーション」をテーマとした作品として見るならば、弱点とも言えるのではないかと思う。

そんなわけで、本作は、異星人と人類との間を飛び回って、なんとか対立を回避しようと頑張る少女の冒険的活劇だと理解して読めば、面白い作品だと言えるだろう。

ただ、私の場合は、譬えて言えば「冒険小説を、本格ミステリだと思い込んで、間違えて読んでしまった」というようなことだったのである。ああ…。

画像1

初出:2021年9月20日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

 ○ ○ ○





 ○ ○ ○

 ○ ○ ○




















 ○ ○ ○










この記事が参加している募集

読書感想文

SF小説が好き