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アマル・エル=モフタール、 マックス・グラッドストーン 『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』 : 〈読書家〉の孤独と連帯

書評:アマル・エル=モフタール、マックス・グラッドストーン『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』(早川書房)

本作は、なかなかレビューの書きづらい作品だ。
私の前に6つの「評価」が投じられているが、いずれもレビューは無い。きっと、どのように語れば、本作の良さが伝わるのか(あるいは、読みづらさが伝わるのか)、そこが掴みきれなかったせいだろう。
5人が「星5つ」で、1人が「星1つ」というのも、さもありなんという作品である。

本作は、泣く子も黙る「ヒューゴー賞、ネヴュラ賞、ローカス賞、英国SF協会賞の4冠受賞作」なのだから、論理的かつ説得的に「否定的レビュー」を書くのは、容易なことではない。褒めるのより、ずっと難しいというのは間違いないことなのだ。

しかしまた、「星1つ」をつけた人の気持ちもわからなくはない。本作は、裏表紙の「あらすじ紹介文」から想像されるような作品ではないからだ。つまり、対立する「歴史介入工作組織」の「女性工作員」どおしの戦いと、ライバル同士の友情を描いた「活劇」一一などではない。
そういう作品を期待して読み始めると、すぐに「あれっ…?」ということになってしまう。

私流に腑分けすれば、本作は3つの位相を持った作品だと言えるだろう。

(1)時空を超えた「歴史介入工作」の様子を描いた層
(2)対立する立場の二人の女性工作員、レッドとブルーの「秘密の文通」を通しての交流を描いた層
(3)手紙の中に織り込まれる文学的教養とお遊び(メタレベル)

つまり、「あらすじ」だと(1)だけのイメージだが、実際に多くの部分を占めるのは(2)の部分なのだ。
本作は、言うなれば「文通純愛小説」なのである。一一意外でしょう?(笑)

だから、「歴史改変活劇SF」を期待した読者は、裏切られることになる。
「俺は女同士の、文通純愛小説なんて読みたくないよ!」と怒ってしまう、マッチョな読者がいても、なんの不思議もなく、だから「星1つ」の評価者がいても、それは無理からぬことなのだ。

レッドとブルーは「屈強有能な歴史介入工作員」でありながら、じつは二人とも「読書家(=情報ではなく、言葉を愛する人)」であった。だが、時代的にも職業的にも、周囲には「同好の士」のいない「孤独な読書家」だったと言えるだろう。
だから最初は、お互いに対立する組織の「有能な敵」として興味を持ち、相手をわざわざ挑発する意図から、組織の内規に反する「秘密の文通」を始めたのだが、その中で、二人はやがて、これまでの長い長い人生の中では出会うことのなかった、深く通じ合える「自分に似た孤独な存在」をお互いの中に見つけることになり、まるで「時空を超えたロミオとジュリエット」のような関係になっていくのである。

そして、当然のことながら、終盤では「悲劇」が待っているのであるが、しかし、そこで生きてくるのが、本作が「タイムトラベルSF」だという点である。そのことによって、二人の純愛とその悲劇は、一つの「救い」を得ることができるのである。

一一とまあ、こういうお話なのだ。
つまり、(1)と(2)はうまく接合されて、独自の物語世界を成立させた作品だと、そう言える。

ただし、残る問題は(3)である。
この点は「訳者あとがき」でも書かれているとおり、本書における「読書家的教養」とは、あくまでも英語圏における教養だからで、この点については、どう考えても日本人読者、特に若い読者にはついていきがたい。

その「教養」が「SF」に関するものならば、マニアなら喜んでついて行きもするだろうが、本作での「読書家的教養」は、あくまでもオーソドックスなものであって、例えば、テニスンやキーツなどであり、原文を聞き慣れた英語圏の人ならばともかく、せいぜい翻訳でしか読んだことのない我々では、「手紙」の中で、こうした一節が引用されていても、それと気づくのは、かなり困難なことなのである(私が気づいたのは『それはまた別の話』くらいだった…)。

つまり、本書には「英語圏の教養ある読者」をニヤリとさせる細かい振りがいくつも仕掛けられており、それが本書の大きな魅力の一つでもあるのだが、日本語訳で読む私たちには、残念ながら、その魅力を十全に感じることが叶わないのである。

だから、本作を、原書のレベルで評価するのか、あるいは日本語訳作品として評価するのかで、同じ作品であっても、自ずと評価の差が出てこざるを得ない。
そして、そうした意味で、日本語で読んだ私は、本作に「星5つ」の満点を与えることはできなかった。

しかしまた、単に(3)の部分が楽しめなかったというだけではなく、そもそも私は「恋愛もの」が、あまり得意ではないのであった。

初出:2021年7月6日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

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