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牧野修 『万博聖戦』 : 切迫した〈暗い予感〉の先に

書評:牧野修『万博聖戦』(早川文庫)

このレビューを書いている2020年11月11日現在、日本はまだ、コロナ禍の最中にある。本来なら、今年開催されるはずだった、2度目の東京オリンピックは明2021年に延期され、任期中のオリンピック開催で政権委譲の花道を飾ろうとしていた安倍晋三首相は、その悲願を果たせなかったものの、オリンピックは必ず開催すると断言し、安倍首相を継いだ菅義偉首相もまた、その遺志を受け継いだはずであった。

しかし、『IOCの重鎮が2人も来日…東京五輪「11.18中止表明」に現実味』と題する昨日のニュースは、『東京五輪組織委員会会長の森元首相が8日、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が近く来日すると明かした。15~18日の日程で訪れ、コーツ副会長も同行する。16日からの3日間、IOCは組織委と会議を開催。その場でいよいよ、来夏の東京五輪の「中止」を正式決定する可能性がある。』(2020.11.10、@niftyニュース)と報じた。
いずれにしろ結果は近々明らかになるとは言え、日本はもとより世界的なコロナ禍の収束が見通せない今の状況では、東京五輪組織委員会の内部でも諦めムードが支配的で、東京オリンピックの中止はほとんど確実視されているようだ。

その一方、わが大阪では「2025年日本国際博覧会(EXPO 2025)」の開催が決定して、その準備が着々と進められている。こちらは、2度目の大阪万博である。

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だが、大阪の空気もまた、決して明るいものではない。
2度目の大阪万博も、万博会場と同じく大阪市の夢洲に建設を予定されている「カジノを含む統合型リゾート施設(IR)」も、近年増加していた、中国人を中心とする来日観光客によるインバウンド需要に支えられたものであり、コロナ禍でそのインバウンド客が来なくなった大阪で、5年先の話だとは言え、膨大な予算(税金)の投じられる大事業をこのまま進めて良いものかという、大阪府民の危惧が払拭されていないからだ。

それに、本作『万博聖戦』が執筆されていた時期には、大阪維新の会による、いわゆる「大阪都構想」(実際には、政令指定都市である大阪市を廃止して、東京23区のような、特別区に分割する案)についての、2度目の住民投票にむけての動きが、推進派と反対派のあいだで大阪を二分する勢いで活発化していた時期であった(結果は、接戦の末の2度目の否決となった)。

このように、今の大阪は、その行く末に「強い不安」を抱えている。
「万博」も「IR」も「都構想」も、すべては、大阪が、かつての輝きを失って、長期低落傾向の中にあるからこそ出てきたものなのだが、そこへオリンピックをも中止に追い込みかけているコロナ禍が、大阪でも第3波を迎えようとしている。コロナ禍によるの経済的被害が、ますます甚大になるのが目に見えている中での、これらの大事業が、大阪府民の希望とはならず、先行きへの不安を払拭できないというのは、むしろ当然なのだ。

そして、本作の著者、牧野修は大阪出身の、異能の小説家だ。
彼のデビュー作『MOUSE』は、「読むドラッグ」とでも呼ぶべき、並外れて陶酔的なイメージ喚起力をもつ幻想SFの傑作として、もはや伝説的な作品としての地位を確立している。そんな牧野が、今この時期に放ったのが『万博聖戦』と題した作品なのだから、これが大阪人・牧野にとって「特別な作品」でなかろうはずがない。

そしてその期待どおり、本作には、牧野の大阪への「愛と絶望と希望」が、その独特に「子供っぽくもグロテスク」なイメージをともないないながら、圧倒的な筆力で語られていた。

本作は、間違いなく傑作だ。
まさか、牧野修を読んで、その「無垢な友情物語」に感動させられるとは思わなかった。

やはり、本作は、牧野にとって「特別な作品」なのだろう。
本作は、かつての大阪万博(EXPO 1970)で、明るい未来を信じた「子供たち」が、暗い予感に満ちた大阪に、そして、この日本とこの世界に放つ、「無垢の一撃」なのである。

初出:2020年11月11日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

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【補記】(2020.11.16)

『 五輪「トンネルの先の光に」 IOCバッハ会長・森会長が会見

バッハ会長は「2021年7月のオリンピック、8月パラリンピックは、まさにトンネルの先の光になり得る。スポーツは偉大な予防策。パンデミック(世界的大流行)のさなか大きな予防策になる」と述べたほか、世界各地でスポーツの大会が「成功裏に行われている」と指摘したうえで、「これは希望を与える」と述べた。
バッハ会長は16日、菅首相や東京都の小池都知事と相次いで会談し、観客を入れて2021年大会を開催することに「確信を持つことができた」と強調した。』
(FNNプライムオンライン 2020/11/16)

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当レビューの予想に反して、来日したバッハ会長は、来年に延期されたオリンピックについて、開催の意志を示し、いみじくもそのコメントの中で、来年のオリンピックについて「トンネルの先の光」「希望」と、本稿タイトルと似たような表現を用いた。

さて、仮に、このコメントどおりにオリンピックの開催が開催されるとして、はたしてそれは、真の「希望」なのか、誰にとっての「希望」なのかが問われることになるだろう。

本作『万博聖戦』に即して言えば、その「希望」とは、「オトナ人間」のための「希望」に止まるものなのではないのか。それが問われることになろう。

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