万国博覧会

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展覧会レビュー:ブダペスト国立工芸美術館名品展

──酎愛零が展覧会「ブダペスト国立工芸美術館名品展」を鑑賞してレビューする話──  どうも、月食を見ていたらすっかり冷えた私です。タコス!(くしゃみの音)  以前の記事でもお伝えした通り、この秋冬に行きたい展覧会のひとつに行ってきました!  今回は、東京都港区、パナソニック汐留美術館で2021年12月19日まで開催されている「ブダペスト国立工芸美術館名品展」です!パナシオ!😃パナシオ!😃 歴史遺産、新橋停車場跡。パナソニック汐留美術館はその隣に建つパナソニック 東京汐

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切迫した〈暗い予感〉の先に

書評:牧野修『万博聖戦』(早川文庫) このレビューを書いている2020年11月11日現在、日本はまだ、コロナ禍の最中にある。本来なら、今年開催されるはずだった、2度目の東京オリンピックは明2021年に延期され、任期中のオリンピック開催で政権委譲の花道を飾ろうとしていた安倍晋三首相は、その悲願を果たせなかったものの、オリンピックは必ず開催すると断言し、安倍首相を継いだ菅義偉首相もまた、その遺志を受け継いだはずであった。 しかし、『IOCの重鎮が2人も来日…東京五輪「11.1

鉄道の歴史Ⅱ(戦後編)⑧ ディスカバー・ジャパンと最後のSL

 昭和45(1970)年3月、大阪・千里丘陵で「人類の進歩と調和」をテーマに万国博覧会が開催されました。まだまだ海外旅行が夢だった時代、世界の国のパビリオンを見学できるということで、大勢の人が日本中から大阪を訪れ、旅行ブームが巻き起こりました。この旅行ブームは、がむしゃらに働き続けてきた戦後の日本人が、旅行の楽しみを知ったきっかけであったとも言えるでしょう。  赤字に苦しむ国鉄は、このチャンスを逃すまじと、万博が閉幕した1カ月後の10 月14日(この日は、日本で最初の鉄道が開

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エキスポの夢

「ああ、これは感動した。この写真また見れてよかったわ。あのときじいちゃんへの夢を果たすって言ったしな」  大樹は一枚の写真を眺めていた。今年の2月、生死にかかわる交通事故に遭遇したが無事に退院。自室で静養していたときに、見つけた写真は昨年秋に大阪に行ったときのもの。万博記念公園にある太陽の塔であった。  そして大樹は、昨年の11月に大阪に行ったときを思い出す。 ーーーーーーーーー 「じいちゃんは、1970年の万博に行ったんだよね」「ああ、信じられんかもしれんが、ここに多

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ワルツ王ヨハン・シュトラウス2世の舞曲世界深耕~1873年ウィーン万博年の作品を事例に考える,その魅力・美質・評価をめぐって~(*初回記述 )

多忙極まりない情報量過多で豊かな錯綜した混迷な巷・現代と言われる21世紀多様化社会に身を置く我々は、今や国という垣根を軽々と越えてインターナショナル及びワールドワイドに音楽に触れあえる何らの不足を覚えない不自由無き日常を営んでいる。もともと西欧で誕生・日の出をみた音楽が、今日では、多種多様な区別の基準や判断がつかぬまでのジャンルに複雑怪奇発展・変貌し、そのジャンル概念すら曖昧になるほど、音楽は、我々にとっての生活上の事欠くことのできぬ決め手・ヒーリングアートとなる、生活と切り

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鹿児島県 薩摩焼

鹿児島県の伝統的工芸品は三品目。川辺仏壇、本場大島紬、薩摩焼。私が好きなのは、白薩摩❤️クリーム色の器肌に、色とりどりの色味をつかって絵付され、金彩も施されます。薩摩焼はSATSUMAとして、1867年パリ万国博覧会に出品されました。日本が最初に参加したパリ万国博覧会。幕府、薩摩藩、佐賀藩が浮世絵、磁器、精緻な工芸品を出品しました💛

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松前公高『あなたはキツネBEST/WORKS 1989-2019』

1999年、インターネットも出始めで音楽どころか動画配信すらも遠く、世紀末と言えど未来がまだまだ明るかった時代。専門学校を卒業したあたりの僕が気になっていたのは1970年の大阪万博でした。当時、このEXPO'70を回顧する書籍が多く出ていて、初期ウルトラ怪獣好きだった僕はそれらの怪獣群に共通する各パビリオンのサイケな色遣いに心惹かれていたのです(椹木野衣の美術書に成田亨が載っていた影響もあったと思います)。 おそらく今の自分が70年代にタイムスリップして会場に行ったとてその体

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#025 万博バンザイ!

「美術」という単語が生まれたのは、ウィーン万国博覧会がきっかけであることを前回述べましたが、もう少しだけ、万博を中心に「美術」という単語が浸透していく様を見ていきたいと思います。 最初の万国博覧会が開催されたのは、1851年のロンドンです。それから11年後の1862年に第2回ロンドン万国博覧会が開催されました。 この時、万博の日程に合わせて滞在し、開会式にも参加し、何度も会場を訪ねて熱心に見学した日本の一行がいました。文久遣欧使節団です!第2回ロンドン万博には、駐日英国大

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きみえのアート探訪 #4

#ジャポニスムからアールヌーヴォーへ #図録 新型ウイルスの影響で中止になってしまった展覧会。 図録だけでも見たいと思い #福島テレビ に連絡して行って買ってきました。 #ジャポニスム というのは#日本趣味 のこと。 #万国博覧会 を通して 西欧の人が日本に憧れた。 そんな時代。 日本には四季があり、季節は巡り、八百万の神がいる。 日本の風土が育てた日本人の感覚。 それに憧れ、模した品々。 どれもすてきでとってもすきだけど 私たちのDNAに刻み込まれた感覚はそう真似

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『オリンピックと万博 巨大イベントのデザイン史』

 この本は1週間ほど前にブックオフで偶然に見つけた。なかなか読めなかったが、今日夜中に起きてしまい、読むことが出来た。  まあ面白い本で、1960年の「世界デザイン会議」が東京で開催され、それ以降「デザイン」という言葉が社会に浸透していくプロセスを、歴史的な史実や、建築家・デザイナーの作品や、社会のウネリと共にまとめている。  1964東京オリンピックといえば丹下健三と亀倉雄策であり、1970大阪万博といえば岡本太郎である。  これらは誰でも知っている。しかしこの三者ともが両

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