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伊藤典夫 編訳、 ガードナー・R・ドゾア 他 『海の鎖』 : 古びない〈古き良きSF〉アンソロジー

書評:伊藤典夫編訳、ガードナー・R・ドゾア他『海の鎖』(国書刊行会)

〈未来の文学〉シリーズ(叢書)の最終巻である。
私はこのシリーズを最初からずっと買ってきたのだが、読むのはこれが初めて。長らく、ミステリや宗教書や社会学書を優先してきた結果である。

本書に収められているのは、古いもので1952年、新しいので1985年の作だから、いずれにしろ「古き良きSF」と呼んでいい8本で、表題作のガードナー・R・ドゾアによる中編以外はすべて短編である。
本書に収められている作品は、伊藤典夫が気に入って訳した作品の中で、これまで単行本やアンソロジーに収められることのなかった、不運だけれど貴重とも言える傑作群で、本書自体は少々お高いが、中身からすれば割安のお買い得である。

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さて、自分が歳をとったこともあるとは言え、SF作品も最新作だから面白いとか合わないとかいうことはない。面白いものは面白いし、面白くないものは面白くない。しかも、単にその作品の出来不出来の問題ではなく、好みに合うか合わないかというところが大きい。
ミステリでも、論理的かつ意外性のある「本格ミステリ」が好きで、活劇的な「冒険」「サスペンス」系の作品は合わなかった私だから、SFにおいても、理屈っぽいのや、見たこともない風景を見せてくれるような作品が大好きな一方、活劇的な冒険謀略もののように、「動き」や「物語展開」で読ませるものは合わない。だから、誤って、その種の長編SFを「最前線」の作品だと思って読んだら、どっと疲れてしまう。
その点、短編なら、合わなくても、すぐに読めて被害が少ないし、短編ゆえに無駄な描写が少なく、ワンアイデアで勝負する作品が多いので、私の場合は、SFは短編の方が合っているようだ。

そんなわけで、本書は、様々な傑作が読めて、とても楽しかった。また、その古さが、独特の「コク」にもなっていて、小説としての味わいも増しているように感じられた。
つまり、年寄りには「しっくりと馴染む」し、若い読者には珍かな「セピア色の魅力」が感じられるのではないだろうか。

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アラン・E・ナース「偽態」
『遊星からの物体x』のような「この中に、悪意ある異星生物が、人間に擬態して潜り込んでいるぞ」というサスペンスものだが、「他者の内面は、認知し得ない」という人間存在の本質的不安に根ざしたお話ゆえに、まったく古びていない。

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レイモンド・F・ジョーンズ「神々の贈り物」
このお話は、科学者の軍事協力をめぐる葛藤を描いていて、我が国の「今ここ」の問題にも直結しているのだが、こう書いてもピンとこない人は、社会意識が欠落していると反省してほしい。そう「日本学術会議任命拒否問題」である。
また、偶然にも同時に、藤永茂『ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者』(ちくま文庫)を読んでいたので、このテーマも「古びない難問」であることを痛感させられた(ちなみに、藤永書はオッペンハイマー擁護論的評伝である)。

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ブライアン・オールディス「リトルボーイ再び」
これも、前記藤永書に直結する内容だが、問題の描き方は真逆だと言ってもいいだろう。作者オールディスは、1970年に開催された世界SFシンポジウムに参加するため来日し、そこで、この作品の「原爆の描き方」について、小松左京と矢野徹に「とっちめられた」そうだが、しかし、この「人間の愚かさを笑い飛ばす」というスタンスは、たしかにSF的な魅力でもあると思う。

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フィリップ・ホセ・ファーマー「キング・コング堕ちてのち」
幻想小説寄りのメタ・フィクション作品である。失われたものへの愛惜の念が、文学的香気をたたえている。

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M・ジョン・ハリスン「地を統べるもの」
先鋭的な「ニューウェイブSF」の書き手による作品らしく、そこに描かれた風景は、山野浩一にも通ずるところがあって、独特の感興があった。

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ジョン・モレッシイ「最後のジェリー・フェイギン・ショウ」
友好的で真面目な異星人をテレビに引っ張り出してネタにしようとしたら、異星人の方が一枚上手であったという、いかにもアメリカらしい作品で、レトロ感も心地よく、トッド・フィリップス監督の『ジョーカー』(2019年)のワンシーンを連想させた。

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フレデリック・ポール「フェルミと冬」
「世界最終戦争と人類の終末」を描いた、正統派の作品。「アメリカの良心」を感じさせる、まさに「古き良き」SFである。

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ガードナー・R・ドゾワ「海の鎖」
侵略SFものだが、一捻りあって面白い。地球に降り立った宇宙人(宇宙船)に動きがないと思っていたら、実はそれ以前に○○○だったから、人類は相手にされていなかったのだという真相が明かされる。人類の独りよがりに対する皮肉の効いた傑作。

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(2021年10月20日)

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