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樋口恭介 『未来は予測するものではなく創造するものである ――考える自由を取り戻すための〈SF思考〉』 : コンサルタント〈口調〉が、鼻につく。

書評:樋口恭介『未来は予測するものではなく創造するものである ――考える自由を取り戻すための〈SF思考〉』(筑摩書房)

うっかり「SF評論」書だと勘違いして購入したのだが、本書はまぎれもなく「ビジネス書」である。

私はそれなりに読書家を自認している者だが、ビジネス書は読んだことがなかったし、さらにはサラリーマン小説、会社小説の類も好きではなく、ほとんど読んでいない。端的に「ビジネス」だの「イノベーション」だの「how-to」だのいったものが、嫌いなのである。
そんなものを読んで、人生がうまくいくのなら、文学や哲学など存在しなくてもいいはずだし、そんな本でうまくいくのなら、世の中は「成功者」に溢れているはずだが、現実はそうではない。
無論、その手の本を読んで首尾よく「成功者」におさまった人もいるだろうが、こうした本の読者の大半は、必然的に「成功を夢見てばかりいる敗者」であり「お易い成功を夢見ている愚か者」でしかないと、そう思っているので、その手の本は「読むだけ時間の無駄だ」と考えているのである。

しかしまあ私は、樋口恭介については、デビュー小説『構造素子』にかなり好感をおぼえた奇特な読者の一人なので、読まずに処分するのももったいないと、貧乏性にも本書を読んでみることにした。いくらビジネス書でも、樋口が書いているものなら、学ぶことがゼロということもあるまい、と思ったのである。

だが、結果としては、学ぶことはゼロに等しかった。一一どういうことか。

本書の内容を簡単にまとめれば、「ビジネスにおけるイノベーションの果実を得るための発想を合理的に得るには、SF的思考実験が最適である」というものだ。そう、本書は「ビジネスコンサルタントとしての樋口恭介」が語った本なのである。

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言うまでもなく「真に新しいもの」を生み出すのは、容易ではない。「クリエイティブな人間」は、いつでも「少数」である。そもそも、少数派だからこそ、ことさらに「クリエイティブ」だと評されるのだ。
しかし、今やビジネスの世界では「家業を無難に守り抜く」という姿勢だけでは、生き残れない。時代に応じて変わることができなければ、結果としてジリ貧にならざるを得ないのだ。したがって、時代を生き抜くには、「これまでの思考パターン」には縛られない「新しい発想としてのイノベーション」が是非とも必要であり、ビジネスコンサルタントたちは、どうすれば「自由な発想」を得ることができるのか、その「テクニック」をあれこれ伝授するのを生業としてきたわけだが、そうした「テクニック」の最先端にあるのが、「SF的発想の、ビジネスへの導入」というわけである。

なぜそうなるのか。それは「SF」というものが本来「未定の未来」を引き寄せる文学だからだ…云々といった説明が、本書ではなされる。要は、樋口恭介の「SF論」が語られるわけで、そこが「ビジネス書には興味のないSFファン」である私にも読みどころとなるはずなのだが、いかんせん本書は、「SFファンではない、ビジネスパーソン」にも開かれた本であり、おのずとその「SF論」は「入門編」とならざるを得ず、古い「SFファン」には、まったく食い足りない「ありきたりの議論」にしかなっていない。だから、本書は「SFファン」向けではないのだ。

さらに言うと、本書の本質的な問題は、本書はビジネスコンサルタントによる「ビジネス書」であって、そこには「文学」性など無いに等しい点だ。
その「語り口」は、いかにも「お客様に成功の夢を売るためのもの」であって、「人間の現実と深く格闘するもの」ではないのだ。

樋口は、本書の中で、「明るい未来を信じている」という趣旨のことを繰り返し語っているが、それは、そういう「タテマエ」に立たないことには、そもそも「ビジネスにおけるイノベーション」の探求なんてことに、限定的な興味を持ち続けることなどできないからだろう。
つまり、「現在の悲惨な現実」については、無視しないまでも、ひとまず脇に置いておいて、ともかく「われわれ」は、そうしたものが無くなる「希望ある未来」を構想しましょうよ、という提案しかなされていないのだ。

そしてそれは、樋口が本書において、すでに伝説的な立志伝中の「起業家」と呼んで良いピーター・ティール(決済サービスを提供するアメリカの巨大企業「PayPal」の創業者)を絶賛しているところにも、よく表れている。

たしかにティールは、偉大な起業家であり、人類の未来を開くための一翼を担っている「成功者」だと言えよう。だが、その影に「多くの犠牲者」が確実に存在する、という事実を忘れてはならない。
そうした犠牲が「人類の未来」のためには「必要だ」と考えるのであれば、犠牲者の存在を無視するのも、それはそれで合理的ではあるけれど、そうした「ホンネ」を隠した上で語られる「キレイゴトのご託宣」には、心底うんざりなのである。

私は「宗教」の偽善性とフィクションを批判してきた「積極的無神論者」だが、そうした私からすると、本書での樋口恭介の「語り口」は、あまりにも「コンサルタント口調」に毒されたものであり、あまりにも「非文学」的に過ぎるとしか思えない。
本気で、こんなことだけを考えているのなら、この先、本当の意味で「重厚なSF小説」など書けないのではないかと、そう危惧しているのである。

初出:2021年9月11日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

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