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シモーヌの場合は、あまりにもおばかさん。----ヴェイユ素描----〈1〉
一九三四年、25歳だったシモーヌ・ヴェイユは、国立女子高等学校(リセ)での教職を一時離れ、かねてより構想していた、自ら一人の工場労働者として働くことを決意し、パリにあった電機部品工場へ見習工として通いはじめた。
一応、研究目的として休職申請を提出してはいたが、別に学者としてのフィールドワークがその主眼であったわけではなかった。かといって、政治活動家として労働者をオルグしに行こうというわけでもな
シモーヌの場合は、あまりにもおばかさん。----ヴェイユ素描----〈2〉
抑圧的な社会に追い込まれ、奴隷的な労働に苦しむ不幸な人々の真相を理解するために、自らもまた彼らと同様の経験を積まなければならない。そのように考えたヴェイユは、自ら一工場労働者としての生活に乗り出した。
もし、ごく普通の女性が自らの生活を維持していくために、また彼女たちの家庭を守っていくために、手仕事や肉体労働以外に金銭を手に入れる手段がなく、外に出て雇われ働く他はないのなら、誰もが普通のことと
シモーヌの場合は、あまりにもおばかさん。----ヴェイユ素描----〈3〉
労働者もまた人間であり、当然のごとく「労働者」の名のもとに一様であるわけではない。
手際の悪さにいちいち難癖をつけてくる嫌なヤツもいるし、疲弊しきってうなだれているところに優しく声をかけてくる者もいる(※1)。他人にはまるで関心を払わず、自分の持ち場の効率と、支払われる賃金だけを気にかけている人、あるいは他人の処遇や給金を羨み妬む人も。彼らのそのようなふるまいにはそれぞれの背景があり、その背景
シモーヌの場合は、あまりにもおばかさん。----ヴェイユ素描----〈4〉
それぞれの場所や環境、あるいは人間関係によって、直面するその現実が「地獄と極楽ほどにちがってしまう」(※1)ような運・不運、もしくは偶然に労働者たちの日常のつらさや苦しさは左右されているのだ、ということ。しかし一方で、それを彼ら自身は「選べない」のだ、ということ。彼らに選択が許されているのは、「それを受け入れるか否かだけ」であり、もし受け入れないことを選択すれば、「もっとつらいこと」が待っている
もっとみるシモーヌの場合は、あまりにもおばかさん。----ヴェイユ素描----〈5〉
ヴェイユ自身にも、自分自身では選んで出て行くことができないような、彼女自身の不幸という孤島があった。短い工場体験の中で彼女が直面したのは、他人である工場労働者たち一般の不幸であるより、なおさらのこととして自分自身に染み込んでいる自分自身の不幸ではなかったか。
彼女の終生の持病だった、慢性的な激しい頭痛。それは「潜伏性竇炎(とうえん)」あるいは「全副鼻腔炎」に起因するものであったと考えられている
シモーヌの場合は、あまりにもおばかさん。----ヴェイユ素描----〈6〉
人生を根だやしにする不幸、あるいは生命が根こそぎにされる不幸とは、言い換えれば生命が不幸に連れ去られて行く、あるいは人生が不幸に奪い去られるようなものであり、その根こそぎ・根だやしにされた後には、もはや生命や人生の痕跡が何も残っていないような有様であろう。まさしくそれは生命・人生にとって「死に等しいもの」なのだと言ってよい。
また、不幸はそれによって「不幸を感じる」ような、ある出来事そのものの
シモーヌの場合は、あまりにもおばかさん。----ヴェイユ素描----〈7〉
「…たまたま不幸の攻撃におそわれ、半分つぶされた虫のように、地面の上でもがき苦しんでいるよりほかに仕方のない人々にとっては、自分たちの身に起こった事柄を言い表わすに足る言葉はありえない。まわりで出会う人たちの中でも、どんなに苦しんだことがあろうと固有の意味の不幸とふれ合ったことが一度もないような人は、かれの不幸がどんなものかにまったく思い及ぶことができない。それは、何かしら特別なものであり、他のも
もっとみるシモーヌの場合は、あまりにもおばかさん。----ヴェイユ素描----〈8〉
ヴェイユ自身にとっての不幸は、その肉体的苦痛に導かれるもののみならず、才能に充ち溢れた彼女の兄に対するコンプレックスと、自分自身の凡庸さに対する失望に伴われて、幼い頃から彼女の目の前に立ちはだかっていたものでもあった。
ヴェイユは、自身の思春期の苦悩を次のように振り返る。
「…十四歳のとき、私は思春期の底なしの絶望の一つに落ちこみました。自分の生来の能力の凡庸さに苦しみ、真剣に死ぬことを考えま
シモーヌの場合は、あまりにもおばかさん。----ヴェイユ素描----〈9〉
根源的な不幸あるいは生命を根こそぎにする不幸とは、それが「自他の区別のつきかねるもの」として見出されたがゆえに、「…何よりも名前を持たない(アノニム)もの…」(※1)として見出されるのだ、とヴェイユは言う。見出されると言うものの、しかし実はそのような名前のない不幸は、誰からもけっして顧みられることがない。そのような境遇に置かれた人は、名前ばかりでなく人格そのものさえ剥ぎ取られ、単なる「肉塊」のよ
もっとみるシモーヌの場合は、あまりにもおばかさん。----ヴェイユ素描----〈10〉
不幸と向き合い、それに敢えて自ら関わろうとする力、注意力。それは自然のうちに身につくようなものではない。「…おそらくはすべての努力のうちで最大の努力…」(※1)を払わなければ、ならないものなのだ、とヴェイユは言う。
「…不幸な人に注意をむけることのできる能力は、めったに見られないものであり、大へんむつかしいものである。それは、ほとんど奇跡に近い。奇跡であるといってもよい。そういう能力を持っている
シモーヌの場合は、あまりにもおばかさん。----ヴェイユ素描----〈11〉
「…不幸のために自由な同意の能力をとり去られている他者に対して、そのような能力を生じさせようとするのは、他者の中に自分からはいりこんで行くことであり、不幸に対して自ら同意を与えることである。すなわち、自分自身を破壊するのに同意することである。つまり、自分を否定することである。…」(※1)
「…注意力とは、自分の思考を停止させ、思考を待機状態にし、思考を空しくして、対象へはいって行き易いようにし、利
シモーヌの場合は、あまりにもおばかさん。----ヴェイユ素描----〈12〉
自他の区別のつかない、慰めのない「不幸」の中で、自らに対する執着を捨て、自分自身の魂を「真空」の状態にすること。そのときはじめて人は、「不幸」というものと向き合うことができるところとなる。不幸な人々と共に生きることができるところとなる。
ではこの「真空となる」ということはどういうことなのか?
「…この真空はどんな充満状態よりも、充ち溢れている。…」(※1)とヴェイユは言う。真空であるからこそ
シモーヌの場合は、あまりにもおばかさん。----ヴェイユ素描----〈13〉
ヴェイユの極端に突き詰めた思考や行動は、他者に寄り添うどころか、よりいっそう遠ざけてしまっているようにも思える。
ところで彼女は、自分自身だけではなく、他人にも注意力が備わっているのだということを、はたして信じていたのだろうか?彼女にとって「他人」とは、誰にも注意を向けられることのない人々であるか、誰にも注意を向けることのない人々であるか、そのどちらかでしかなかったのだろうか?「この人は間違っ
シモーヌの場合は、あまりにもおばかさん。----ヴェイユ素描----〈14〉
ナチスドイツの傀儡政権であった当時のフランス・ヴィシー政府が打ち出した、対ユダヤ人政策にもとづいて、ヴェイユは教職を追われた。その身の置き所を失った彼女を、一時期自らの農場で預かっていたカトリックの農民哲学者、ギュスターヴ・ティボンは、後に彼女から託されたノートを編さんして出版し、それをきっかけとしてシモーヌ・ヴェイユの名が広く世に知れわたることになる。
その書物の解題に、ティボンは次のような