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大滝瓶太 『その謎を解いてはいけない』 : そんな謎など 解くに値しない

書評:大滝瓶太『その謎を解いてはいけない』(実業之日本社)

よく知らない作家ではあったが、本書刊行に関わるインタビュー記事「初の単著で即重版! 『その謎を解いてはいけない』の新鋭作家・大滝瓶太にミステリ評論家、千街晶之が迫る」を読んで興味を持ち、読んでみることにした。

このインタビューで、本書著者に興味を持ったのは、次のような点だった。

(1)純文学でデビューしているものの、SFなども書いており、超ジャンル的な作家らしいこと。
(2)影響を受けた作家は、日本では川上未映子や、金井美恵子保坂和志など。『海外だとヌーヴォーロマンあたりに興味を持っていました。そのなかで特にピンとくるものがあったのがアメリカのポスト・モダン文学トマス・ピンチョンリチャード・パワーズなどの理系作家』だと語っており、いわゆるミステリマニアではないこと。
(3)ミステリで感心した作品として『探偵という装置を巧みに使って世界そのものを思弁で作り替えていくような清涼院流水JDCシリーズ、その強い影響下にある舞城王太郎ディスコ探偵水曜日』。あるいは『いわゆる後期クイーン問題をあざやかに実証した作品である麻耶雄嵩『神様ゲーム』』といった「異色作」を挙げていること。
(4)著者は、批評も書くことから、批評的な視点に対する意識も強く『自分ならどう評するだろうか、を常に念頭におきながら書いています。これは作風にもよるのですが、ぼくは小説で思弁を重視するタイプですので、批評と実作の両輪がうまく機能してはじめて力を出せると考えています。日本だと保坂和志さんはもちろん、阿部和重さんや法月綸太郎さんなどがその方面の強みをもっていると思います。』と語っていること。
(5)面白い小説の要諦は『脱線』にあり、としているところ。

要は、当たり前に、ミステリ好きからミステリを書くようになった人とは違って、突然変異的に「変なミステリ」を書いてくれるのではないかという、期待が持てたのだ。

特に、私も舞城王太郎の『ディスコ探偵水曜日』と麻耶雄嵩の『神様ゲーム』は大好きだったし、清涼院流水の場合は、デビュー作で切った作家ではあれ、「まともじゃないパワー」だけは認めていたから、あれくらいの破天荒さに、文学性が加われば、何か変なものができるのではないかと、そう期待した。

もちろん私とて、本格ミステリとしてよくできた作品は好きだが、それ以上に好きなのが「とんでもなく変な作品」だったから、まだ得体の知れないこの新人作家に、かつての「メフィスト賞」受賞作的なものを期待したのである。

一一で、結果から言えば、たしかに「変わった作品」ではあるのだけれど、「破天荒」というところまではいかない点で、物足りなかった。
関西人(兵庫県出身)らしい、ボケとツッコミで楽しく読めたし、「黒歴史」をめぐる「自意識」の問題も、とても興味深かったのだが、著者もインタビューで話しているとおりで、後半に行くほど「ミステリらしいミステリ」になっており、それが第1話の「破天荒さ」を受けて、どんなラストになるのかと期待させたわりには、意外なほど当たり前なところに着地してしまった点で、端的に期待外れだったのである。

本作は、全4話の連作長編というかたちになってはいるものの、実質的には長編作品として書かれたものだと考えるべきだろう。つまり、完結性の高い1〜3話が最終話で「収斂してつながる作品」というよりは、むしろ独立したミステリ短編としては弱い1〜3話は、最終話に向けての「前振り」になっているという印象が強かったのだ。
だが、私としては、ミステリとして弱くても、それは別にかまわなかった。第1話の「脱線ネタ」を大いに楽しませてもらえたし、これはかなり濃厚なものだったから、この線で最後まで突っ走ってもらえたら、(ミステリではないとしても)それはそれで楽しい作品になると期待したのだ。

だが、さすがにそれはそれで難しかったようで、その点でも期待はずれに終わってしまった。
「変な作品」というのは、中途半端に変なのではなく、徹底的でないといけない。
もちろん、それでは一般的な評価は望めないとしても、そんなものはオーソドックスなミステリ作家に任せておけばいいことで、ミステリ出自の作家ではない本書著者には、一回きりの伝説的な作品を、私は書いて欲しかったのである。

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そんなわけで、本書の読みどころは、ミステリの部分ではなく、「黒歴史」に関わる「自意識」の問題、ということになろう。
ネットの発達した現代社会では、「匿名」での自己表出が可能となったために、自意識が肥大し、かえって承認欲求に苦しむ人が増えた。第1話では、そのあたりを戯画化して描いており、それがとても面白かった。こういうのをミステリで読まされるとは、想像もしなかったからである。

(ソーシャルゲーム『アイドルマスター シンデレラガールズ』に登場する神崎蘭子

ミステリにおいて「暴かれた真相」というのは、おおむね「深刻」であり「悲劇的」なものなのだが、個人が今の時代に抱えている「秘密」というのは、たいがいは第1話で描かれたような「自意識過剰」的なものなのではないだろうか。それに、そういうものだから、ミステリ的に「秘密」と言うよりは、「黒歴史」という表現のものになる。またそのため、「中二病(厨二病)」の問題もからんでくる。

その「秘密」をバラされたところで、人生が破滅するといったようなものではないけれど、たしかに赤っ恥をかくことにはなる。しかも、ネット社会だから、それがすぐに拡散して、心理的ダメージも大きい。
開きなおれれば「どうってことないと言えば、どうってことない」ことでしかないのだか、それが堪えられないほど、物質的には恵まれた社会にいる私たちは、その精神的脆弱性を増しているのだ。

したがって、「黒歴史」あばきというのは、今の私たちの精神性の問題を暴くものとして、けっこう面白いネタであり、追求するに値するテーマだと思ったのだが、それを第1話の水準で書きとおすことが、この著者には出来なかった。そのあたりを、大きく捻ることで、テーマ的に展開して欲しかったのだが、残念ながら、そういう意味での「批評的な作品」にはならなかったのである。

(2023年9月15日)

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