見出し画像

浦賀和宏 『殺人都市川崎』 : 裂け目の向こうの 〈浦賀和宏的世界〉

書評:浦賀和宏『殺人都市川崎』(ハルキ文庫)

浦賀和宏を読むのは、これが初めてである。しかし、彼の存在は、デビュー当時から知っており、デビュー作を含めて何冊かの話題作は、その都度、読むつもりで購入してもいたのだが、その時々の優先順位の関係で、いずれも積読の山に埋もれさせてきたしまった。

今回は、書店で見かけて手に取り「浦賀和宏にしては薄いな。帯の推薦文を見ても、悪くはなさそうだし、これならすぐに読めそう」だと思ったのだが、解説を見てみると、浦賀が今年(2020年)の2月に、41歳の若さで亡くなったと、千街晶之が書いていた。
そうか、それなら、これは読まないといけないなと、私は購読を決めたのである。

浦賀和宏のデビューは、とても印象に残っている。
綾辻行人のデビューに始まる「新本格ミステリ」の最盛期、当時最も勢いのあった公募新人文学賞であるメフィスト賞の、第4回受賞作『Jの神話』(乾くるみ)、第5回受賞作『記憶の果て』(浦賀和宏)、第6回受賞作『歪んだ創世記』(積木鏡介)として、3冊同時の受賞作が一度に刊行されてため、大変インパクトがあったのだ。

画像1

とは言え、この3作は現時点でも未読である。
読みたいのは山々だったが、当時も今も、私には読みたい本が山ほどあるので、よほど評判が良くないと、なかなかすぐには読めず、後回しにしているうちに、さらに読むべき本がどんどん増えていくというパターンになってしまうからだ。
乾くるみについては、私が竹本健治ファンだったので、その代表作である『匣の中の失楽』へのオマージュ作である第2作『匣の中』だけは読んでいる。しかし、凝ってはいるが、さほど高くは評価できず、その後は乾の作品を読んではいない。積木鏡介の方は、前記受賞作を含めて、あまり評判が良くなかったので、触手が動かなかった。
そうした意味で、ながらく気になっていた課題の作家が、浦賀和宏だったのである。

浦賀の作品は、「世界観がひっくり返る」というタイプで、やや「うつ」的な作風である、というのは、なんとなく耳に入っていた。
私は、そういう作風が嫌いではないので、気にはなっていたのだが、ただ、年間ランキングなどでは、必ずしも際立った成績を上げていないところを見ると、どうやら「読者を選ぶタイプの作家」だと推察された。
竹本健治や笠井潔のファンであり、いわゆる「アンチ・ミステリー」が嫌いではない私は、「読者を選ぶタイプの作家」は嫌いではないのだが、しかし、やはりそれなりに「書けて」いないと、個性的なだけでは、読む価値はない。一一そうした躊躇があって、これまで何冊か購入しながらも、結局はこの「遺作」まで、浦賀和宏の作品を読むことができなかったのである。

そして今回、『殺人都市川崎』を読んでみて、どうであったか。
結論は、善かれ悪しかれ「おおよそ評判どおりで、想像したとおり」の作家であり、作風だった。

まず本作の売りである、ラストの「ドンデン返し」であるが、これは本格ミステリとしては、フェア・アンフェアの境界線上にあって、怒る人は怒るだろうものである。
しかし、この「世界が反転するラスト」は、たぶん浦賀和宏の「本質」的な部分であり、これに腹を立てる人は、浦賀作品を楽しめない、「世界が違う」読者なのだと思う。

この1作だけを読んで言うのも何だが、これまで耳にしてきた評判を勘案して言うならば、浦賀和宏という人は「この世界に違和感を感じていた人」だったのではないかと思う。
「自分は本来、ここに生きているべき人間ではない」「この世界は、どこか嘘くさくて、リアリティに欠ける」という乖離的な感覚を現実世界に対して感じており、「本来の、本当の世界に接したい、戻りたい」という「逃走」願望を表現したのが、浦賀ミステリの本質ではなかったかと思うのだ。

そして、そうした感覚自体は、私の好みである。
かの『虚無への供物』の作者で、私の好きな中井英夫は「神の(祝福の)手が 私を(うっかり、この汚れた地上に)落とした」というようなことを歌っていたが、この世界、この地上に違和感を感じるセンス、「これはあるべき世界ではない」と感じてしまうセンスを、私は、ある意味で健全なものだと思う。
浦賀のそれが少々「うつ」的なものだとしても、それでも私はそのセンスを肯定したいのだ。

だが、残念ながら、浦賀和宏の場合、この世界での「小説」としては、必ずしもうまく「書けている」とは言いがたかった。
どこかぎこちなく、拙いと言いたくなる弱さのあるのが否定できない。これで満足だとは、とうてい評価し得ないのである。
遺作に対し、あえて厳しい評価をするつもりはないのだが、やはり、作品評としては正直に書いておかねばならない。

浦賀和宏の作品は、ある種の人に「中毒性」の魅力を持つのではないだろうか。
しかし、それは、こちらの世界の住人を、十全に巻き込み連れ去るほどの力を持つものではなかったと、私には斯様に評価されたのである。

初出:2020年6月2日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

 ○ ○ ○












































この記事が参加している募集

読書感想文