茨木アヤコ|文章コンサルタント|プロフ×note添削
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育休教員からwebライター、介護職やってるママが目指すところって?
元中学校教員からwebライター、介護職と異色のキャリアを築く私。
その先には、「子どもたちに思考力を育てる教育をしたい」という思いがあります。思考力とは、自分の頭で考え、思いを表現し、自分軸で生きられることです。
なぜそう思うようになったのか、自己紹介もまじえてお話ししていきましょう。レッツゴ!
📕基本情報愛称:アヤコ
生年月日:1990年4月18日
家族:無職から税理士を目指す夫(36歳)
今日も動く体に、思ったことを伝えられる唇に、昼ごはんの味を噛み締められる口に感謝できるのは、介護の仕事をしたから。
Kindle出版しました📕
36歳無職の夫、税理士になる (文筆屋ことロップ) https://amzn.asia/d/gCC1OiI
30年ぶりに七段の雛人形を出したらヤバかった
1991年、今は亡き祖父が買った雛人形は豪華絢爛な七段飾りでした。初の孫娘がそりゃもうかわいかったのでしょう。社長だった祖父はお金に糸目も付けず、たいっへん豪華な雛人形を買ってきたのです。愛ゆえに。
ミニマリストが流行る令和は、せいぜいお雛様とお内裏様二人の雛飾りがあればいいほうで。
しかし、30年前といえば、バブル時代!
豪華絢爛な雛飾りが流行っていました。
豪華さとは、まず人形の多さに表
どうにも元気が出ないので、墓参りしてみた。ちょうど晴れ間もあり、静かな中での報告会。
去り際に「元気で」と背中を押された気がした。
ペン駆ける!文筆屋ことロップ開業記録365
ことばの鐙(あぶみ)を踏みしめて、全速力で思いを届ける。
webコンテンツ制作・文章コンサルを行う「文筆屋ことロップ」を始めます。
国語教員、Webライターと言葉の力を磨いてきたのが私の人生です。
その力を役に立てたいと思い、創業を決めました。
当初の開業予定は、2025年4月。
ですが。
ギャロップ(全速力で行動する)してたら、とんとん拍子で進んでしまい、2024年5月30日に開業届を出す
初恋の松田くんを泣かせた|教員webライターしくじり人生
小学3年生の夏、初恋相手をマジ泣きさせたことがあります。教員やwebライターと「ちゃんと」して見える私ですが、34年間結構やらかしています。今日は恥をしのんで、隠しておきたい黒歴史を明かしていきましょう。
小学校まずは幼少期から。
告白の返事を迫って、松田くんを泣かせる
小3の夏休みに、だいすきな松田くん(仮名)にラブレターを送りました。
手渡しは恥ずかしいので、郵送で。
毎日ポストを確認
無人島脱出🏝️note生活を10倍楽しむコツ
👩note書くぞーって思ってたけど、フォロワーがいないから、やめようかなぁ。
🐴ちょっと待ったぁ!
あなただけの体験を、世に出さなくていいんですか?
👩な、なにこの馬…?
🐴私は元国語教員Webライター、駿馬のように人生爆速で生きる女です。
物心つく頃から文筆オタクの私が、あなたにハッピーnote生活の送り方を伝授しましょう。
👩は、はぁ…。
🐴あなたは今、スキやフォローの
note添削コミュニティ「元気を味付けする文筆部」を作ったら、記事がみるみる良くなった
6歳から日記・小説・エッセイを書きまくり、国語教員・webライターにまでなった、書くオタクの私。
このたび、友人にすすめられて、note添削コミュニティ「元気を味付けする部」をつくってみました。
さっそく部員が記事の相談をしてくれて、アドバイスすると、とっても良い記事になりました。感動…🥰少しタイトルを変えるだけ、書き出しを整えるだけで、“あなた“に突き刺さる記事のできあがり🥘🖊️
記事
6歳から書き続けてきた私が実感する「書くメリット」って?
6歳の頃、自分で書いた小説を家族に見せたら、大笑いされた。
顔から火が出るほど恥ずかしくて、くやしかった。
そんな思いをしたのに、私は書くことがやめられない。
気づいたら書いていて、33歳になる今も、子どもを置いて、日曜日8時のタリーズで、ひとり書いている。
書くことは、魔法のようで、薬のよう。
そして、もう一人の「わたし」との対話のようだ。
私は、たくさんの人と「書く」をしたい。
上手に
33歳ママが広島で地域コミュニティに奮闘する理由は?
まず言いたい。孤育てのバカヤロウ!!
子どもを産み育てることは、尊くて、大切なことじゃないのか?
でも、なんだってこんな孤独にがんばんなきゃいけないの?ふざけんじゃねーぞ!
そんな思いから、私は地元・広島で地域コミュニティを作ろうと活動している。
地域コミュニティを作ろうと思ったきっかけ
子連れママが行く場所なさすぎ
唐突すぎたので、ちょっとくわしく話していこう。
私が出産したのは、202
36歳未経験で大手企業の経理に奇跡的に採用されたワケ
夫が、無職になった。
ごちそうを期待していた、3年目の結婚記念日に。
かわいい妻と息子を抱える彼は崖っぷちに立たされ、己の人生と向き合いまくった結果、税理士の道を歩むことになった。
税理士になるまでの一般的な道のりとしては、
①税理士試験(5科目)に合格すること
②2年以上の実務経験を積むこと
この二つをクリアする必要がある。
そのための足がかりとして、がんばって簿記2級までとり、がんば
36歳未経験で税理士事務所に入ったらブラックだった
36歳にして突然無職になった夫は、税理士を目指して勉強している。
ドン底から這い上がり、簿記2級まで取って、いざ再就職!
けれども、そんな夫を待ち受けていたのは、三ヶ月に3人も退職者が出る、やばい税理士事務所だった。
【前回のあらすじ】
ほとんどの人にとって、「転職」って大変なものだ。
ハローワークやネットで求人を探して、書類を書いて、試験を受けて。
条件に合う職場に行けらたいいけど、年齢
36歳無職の夫、税理士になる
3回目の結婚記念日に、夫が突然無職になった。
くわしく話すと、勤務先のカフェが閉店することになったのだ。閉店告知の翌日から。
そして、どん底に落ちた夫は、人生を見つめ直し、まったくの未経験である税理士への道を歩み始めている。
さて、くわしく話していこう。
ここからのくだりは何回も友人に話をしていて、まるで講談師のように語れる。べべんっ!
時は、2023年3月某日!
カフェのオーナーから、夫に