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大塚英志 『感情天皇論』 : 気持ち悪い日本人たち

書評:大塚英志『感情天皇論』(ちくま新書)

平成の時代も残り1週間をきった。
テレビで、新元号だ新札だと大騒ぎしている人たちの様子を目にすると、思わず「馬鹿ばっかり」と感情的に吐き捨てたくなる。
また、これが見納めとばかりに、天皇・皇后をその旅先で待ちかまえ「お優しい姿を拝見できて、感動しました」「ご苦労様でした」などとインタヴューに答えている「優等生」たちの、天皇・皇后についての理解者づらには、「馬鹿ばっかり」の一言では済まされず、心底吐き気すら覚える。まったく、これでは「生き神に跪拝する未開土民」ではないか。

『 人は何故、ことばで思考することを感情の共感をもってサボタージュしてしまうのか。』(P10)

本書冒頭の一文だ。
この言葉は、私が「宗教・信仰」の問題(謎)を考え始める切っ掛けとなった問いとしての「人は何故、宗教という非理性的なものを信じられるのか。」という言葉に似ている。
ある意味では、同じことを言っているとも言えるのだが、しかし、私がこのように問うた当初、主語の「人」とは主として「信仰者」というごく限られた人たちを想定しており、大半の人はそういう「非理性的な選択はしない」ということを、自明の前提としていた。
しかし、平成の「天皇・皇后」を前にしたとき、そこに何か「非人間的なまでに神々しいもの」を見て感動し、それに「依存的陶酔」を覚える人というのは、そうとう多いのではないだろうか。そしてそれは「今の日本」の精神構造が、極めて依存的になっているということなのではないか。

かつて、昭和天皇の戦争責任を論じて「昭和天皇は敗戦において自決すべきだった」と公言した私ですら、平成の天皇・皇后や皇太子・皇太子妃には「人として」好感を持っているのだから、「天皇制の歴史」になど興味のない多くの人たちが、彼らを「現人神」とは思わないまでも「聖人君子」の類いだと思っても、それは致し方のないことなのかも知れない。

しかし、『ことばで思考すること』ができる人間にとっては、イエス・キリストも釈迦も「同じ人間」であって、後世に伝えられたような「神仏」の類いでなどないというのは「わかりきった話」であり、同じ意味で、平成の天皇・皇后が、どんなに「立派に振舞って」いたとしても、セックスもすれば排泄もする、不機嫌にもなれば口喧嘩の一つくらいは当然する「同じ人間」であるというのも、また「わかりきった話」であるはずなのだ。

だが、前記のようにインタヴューに答えて「お優しい姿を拝見できて、感動しました」「ご苦労様でした」などと言っている人たちには、その「わかりきった話」が、わかっているとは到底思えない。
天皇・皇后は、その勤めとして、そうした人たちに対しても、笑みを絶やさず手を振り返してくれるけれども、その腹の中で、この「好意を示してくれる、未開土民のような人たち」に、ただただ満足しているとでも思っているのだろうか。

いや、無論、彼らは、天皇や皇后が「心中=腹の中」で「何を考えているのか」などということは、考えていない。彼らは、彼らが安心して「崇め奉ることのできる、お優しい聖人君子」を精一杯演じてくれている天皇・皇后の「外見」に満足して、天皇や皇后が「本当は、どうお感じなり、何を考えておられるのか」などといったことを考えたりはしないのだ。
端的に言えば、彼らにとっては「そんなことは、どうでもいい」のであり、興味がないのである。

彼らは、天皇・皇后を「心より崇拝する私」は「天皇皇后の良き理解者」であり「天皇皇后に近い人間」だとさえ勘違いしているのだが、その内実は「天皇皇后の消費者」にすぎない。天皇や皇后から、「意見」を奪い「表現」を奪い「個人」であることを奪って、ただ「気持ちよく酔わせてくれる」存在であることを強いている彼らは「国民という雇主」なのである。

私たち日本人は、どうしてこんな非人間的なことが出来るのだろう。どうして、こんなにも野蛮なのだろう。
そんなふうに「考えてしまう」私が、ここで感じている感情は「怒り」であり「悲しみ」だ。

本書の著者である大塚英志は、本書で『ことばで思考することを感情の共感をもってサボタージュ』する人たちを告発し「もう、改めようではないか」と、半ば無理と承知で、同じ日本人に呼びかけている。
その徒労にも似た行為を支えているのは、人が持つべき「感情」であり、多くの日本人が『言葉で思考すること』を捨てたために失ってしまった、「思いやり」にともなう、大切な「感情」だったのではないだろうか。

初出:2019年4月25日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

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