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山本義隆 『リニア中央新幹線をめぐって 原発事故と コロナ・パンデミックから見直す』 : 〈リニア中央新幹線〉 の狂気と災厄

書評:山本義隆『リニア中央新幹線をめぐって 原発事故とコロナ・パンデミックから見直す』(みすず書房)

『高価なヘリウムを使い、大量の電力を消費する。トンネルを時速500㎞で飛ばすと、ボルト一つ外れても大惨事になる。

 「俺はリニアは乗らない。だって、地下の深いところだから、死骸も出てこねぇわな」』(P111)

まったく同感である。
本書を読んだ上で、まだ「リニア新幹線に乗りたい」などと酔狂なことを考える者は、ほとんどいまい。ましてや、高齢者が全人口の3割を占めてさらに増加中であり、全労働者の4割が派遣労働者として不安定な生活を強いられ、正規の労働者の多くもブラックに働かされ、中流が没落して「貧富の二極化」が進んでいるこの日本にあって、どうして今さら莫大な国家予算を注ぎ込んでまで、「リニア新幹線」などという「無用の長物」をつくる必要性があろうか。

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ところで、冒頭に引用した発言は『日経ビジネス』誌(2018年8月20日付け)に掲載された『JR東日本の元会長・松田昌士』(P110~111)の談話である。
「リニア中央新幹線」を進めているJR東海と別会社とはいえ、松田がリニア新幹線について、まったく無知であろうはずのない。『高価なヘリウムを使い、大量の電力を消費する。』といった問題をも知悉しているJR東日本の元会長だからこそ、「リニア新幹線」が、経済的にも公共の乗り物としても、論外だと考えているのだ。

『 全線の9割近くがトンネルであり、そのための工事が地下水系に重大な影響を与えるということは、まず確かでしょう。しかし、南アルプスの深部(最も深いところでは地表から1400m下)にトンネルを掘ると大井川にどのような影響が出るのかは、本当のところ誰にもわかりません。深度地下の水脈についてはまったくわかっていないのであり、JR東海にしても国交省にしても、いくらアセスメントをしてもどうなるかわからないというのが本音でしょう。
2010年に国の交通政策審議会に設置された中央新幹線小委員会ではその年10月の審議会で出された地下水への影響を問う委員からの質問に対して、国交省の技術開発室長は「水については今のアセスでは百%予想できない、(影響が)生じてしまった場合には補償基準に基づいて補償させていただく」と答えたと伝えられます。』(P82~83)

とんでもない大工事であり、いかに恐るべき自然破壊・環境破壊が伴うものなのかが、素人にだって窺えよう。

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愛知県春日井市にあるリニア中央新幹線坂下非常口の内部

だが、トンネルを掘ったことによる影響だけではなく、これだけのトンネルを掘れば、掘り出された膨大な残土の問題も発生するわけだが、当然のことながら、そんな膨大な残土の、速やかかつ有意義な使い道など、そう簡単には見つからないだろうし、そうなれば、「一時保管」残土の山による自然破壊や、それに伴う生活環境破壊といった公害も、当然のごとく発生するだろう。補償金を払って済む問題ではないのである。

『 南アルプストンネル唯一の脱出口は「二軒小屋」地区にありますが、先に見た宗像のルポには「二軒小屋の周辺は標高1390m、地下7~800mほどをリニアが通るとしても、直径30mの竪坑の長さは500m以上で、これが緊急時には避難路となる」とあります。無事に地上に出られたとしても、冬場なら雪と氷に覆われたアルプス山中です。上岡の書にはリアルに書かれています。

(※ 以下は、上岡直見『鉄道は誰のものか』からの引用部)
外部へ脱出するまでの困難さが現行新幹線とは大きく異なる。この地区は「二軒小屋」地区と呼ばれ工事用の坑道の掘削が予定されているが、開通後には脱出径路として利用される予定である。しかし脱出口に到達しても、水平距離約2㎞・高低差約300mの坑道を人力で登攀することになる。さらにトンネル外に脱出できても無人の山中であり、冬期であれば経験も装備もない一般利用者がそこに留まるだけで生命の危険が生じる。救援のバスや緊急自動車も容易にアクセスできないから、むしろ航空機が山中に墜落したような状況が発生する。』(P98~99)

リニア新幹線は「無人運転」であり、途中の駅も自動改札でほぼ無人。車両が何らかの事故で運行不能になった時には、避難誘導をしてくれる乗務員や駅員というのが、ほぼいないと考えていい(たぶん、リモートで指示するだけだろう)。
無論、大地震で生き埋めになれば、救助なんて来ないと考えるべきだろう。すっかり骨になってから、収容される可能性はあるにしてもだ。
一一ともあれ、こんな「パニック映画の舞台にもってこい」なものを、莫大な国家予算まで注ぎ込んで、わざわざつくる必要がどこにあろう。

しかも、もともとはJR東海が自己資本でつくる計画だったものに、社長とお友達だった安倍晋三前首相が、3兆円の無担保優遇融資(特別な低金利で、しかも完成30年後からの返済)を決めたのが、この「リニア中央新幹線」なのだ。

現・菅義偉首相は、日本学術会議に関わる任命拒否問題において『推薦された方をそのまま任命してきた前例を踏襲してよいのか考えてきた』と、もっともらしくその拒否理由を語ったが、それなら当然、この「リニア中央新幹線」など、真っ先に白紙撤回すべきではないか。
だが、コロナの第4波に差し掛かる今になっても、オリンピック開催の撤回もすらできないようでは、「リニア中央新幹線」という、無駄金を使うだけでは済まない「災厄」を撤回することもできないだろう。
もはや日本は「狂っている」としか言いようがないし、世界からもそのように見られていること間違いなしなのである。

初出:2021年4月14日「Amazonレビュー」
   (同年10月15日、管理者により削除)
再録:2021年 4月26日「アレクセイの花園」
  (2022年8月1日、閉鎖により閲覧不能)

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