天皇制

自#054|天皇制史観と云うものを抜きにして、日本史が語れるとは思えません(自由note)

オンライン脱毛のチラシが、ポストに入っていました。私が勤めている学校では、オンラインの学習は実施してません。5月に二度ほど、郵パックで課題を生徒の自宅に、どさっと郵送しました。脱毛でさえオンラインの時代なのに、学校のオンライン学習は、いったいいつ始まるんだと云うクレームは、まだ届いてません。

 脱毛のチラシは、MUSEEと云うエステサロンが出しているものですが、吉祥寺だけでも3つ、東京全体で、3

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65歳でも書き続けます。
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朝生といえば..

昨日、朝生やってたんだ?..

..そうするとやはり思い出すのは日本の天皇制についてだよねぇ..

前回だか前々回だかの朝生でやってたけどやはり「万世一系の血の継承」を今後も未来永劫保つ為には側室養子認めるしかないと思う、正直..

..というより何故、側室制度止めたのか?と思う。だから側室養子認めて今後も未来永劫続いて欲しい。

北條洋平

宗教の事件  08  「オウムと近代国家」より  三島浩司

・・・・・・路地の記憶というか、“闇”がまだありえた時代の記憶をまだ引きずっているというわけですか。でも、麻原はそれを自覚してるのかな。

三島 難しいね。自覚すれば、魔法は消えるかもしれないね。

闇と言えば、元オウムの信者から聞いた話なんやが、実は麻原は日本の中世の南北朝時代の南朝の末裔を探し求めているらしい。

・・・・・・それはまた何というか、わかりやすいというか。
三島 南朝は足利尊氏と

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あまり普段なら踏み込まない話題、皇室と政教分離について

主な皇位継承儀式が行われた昨年、「政教分離に反する」という意見をTwitterなどでちらほら見受けました。

儀式は話題にすれど、なんの話だろうという人も多いと思います。また、仮に知っていてもわざわざ触れない人も多いと思います。

雑に説明すると、
・自然現象など神羅万象に神が宿ると考える、日本独自の民俗信仰を「神道」と言う。
・日本神話に出てくる天照大神は、皇室の祖とされる神である。

批判の内

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原田さんから投じられた挑戦の数々を、ぼくたちはどう切り結べばいいのか

原田奈翁雄さんへの手紙

『ひとりから』は、弁護士の金住典子さんと原田奈翁雄さんが組まれた編集室「ふたりから」で発刊されている季刊雑誌だが、その二十八号の編集後記に金住さんがこの雑誌を継続していく意味があるのだろうかと書かれている。一つは部数が伸びないこと、そしてもう一つは熱いメッセージを投げかけるが、「個人の人生の足元でしっかり向き合っている男女が少なくて、個人生活の場から人権意識が立ち上ってこ

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ありがとう。
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生涯編集者──戦争と人間を見すえて

幸運なことに私は二人の大きな編集者であり、出版人であり、思想家であり、地平を切り拓いた人に出会っている。一人は理論社を創立して、二千冊にも及ぶ本を刊行した小宮山量平さんであり、そしてもう一人は原田奈翁雄さんである。原田さんの生年は一九二七年だから、九十歳を三つこえたことになる。その原田さんが、先月渾身の一冊を世に放った。「生涯編集者──戦争と人間を見すえて」(高文研刊)である。いまや原田さんや、原

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ありがとう。
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唐突な呟きだけれども、日本で君主制を実現する事は可能だろうか。三島由紀夫は天皇制再興を主張したらしいけれど、天皇を政治の頂点に置く事は、望ましい事なのだろうか。天皇以外に、日本の君主はありえないのだろうか。

天皇制DV国家の末端に生きる

殆どの家庭は国家によるDVを受けているので、殆どの夫婦はDV関係にある。(女も男にDVしている。)自分だってこうしているのだからあなたもこうしなさいという暴力関係である。しかし、愛という言葉の小道具で自覚させないようになっている。日本では天皇制が、欧米ではキリスト教がそれにひと役買っている。たとえば下のファンキーモンキーベイビーの歌がDV賛歌であることに自覚的である日本人は少ない。

 解毒剤はと

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読んでくださりありがとうございます。
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背骨のない軟体動物の群れ

1945年 元旦

小学五年生のアキヒトは

書き初めに

「敵国降伏の春」としたためた。

1946年 元旦

小学六年生となったアキヒトは

書き初めに

「平和国家建設」としたためた。

巷では

「防諜音頭」が「憲法音頭」にすり替わり

子どもたちを

戦地へ送り込んだ学徒動員局長が

憲法普及会事務局長になって

人権を説いてまわったりした。

ついこの前

大東亜の夢をみて

神風特攻

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ありがとうございます。一緒に考えてもらえたら幸いです。
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憧れと蔑みの浄化

かつて

封建的身分制社会がありまして

その頂点は天皇

民の憧れの存在です。

その底辺にはえたひにん

民の蔑みの対象です。

民にも多少の身分差がありましたが

下見て暮らせというように

蔑む存在がいてこそ

フツウでいられました。

そんな封建的社会から

民主的社会となったわけですが、

「憧れ」は「象徴」として残りましたので

「蔑み」も「当然」として残りました。

えた ひにん

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ありがとうございます。一緒に考えてもらえたら幸いです。
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