斎藤吉久

昭和31年、崇峻天皇の后・小手姫が養蚕と機織りを教えたと伝えられる福島県・小手郷に生ま…

斎藤吉久

昭和31年、崇峻天皇の后・小手姫が養蚕と機織りを教えたと伝えられる福島県・小手郷に生まれる。弘前大学、学習院大学を卒業後、雑誌編集記者、宗教紙編集長代行などを経て、現在フリー。著書に『天皇の祭りはなぜ簡略化されたか』など。「戦後唯一の神道思想家」葦津珍彦の「没後の門人」といわれる

マガジン

  • 御代替わりの儀式──践祚、大嘗祭そして改元まで

    平成の御代替わりでの議論は徹頭徹尾、政教分離がテーマでした。そして令和の御代替わりもまたしかりでした。天皇がなさる儀礼には宗教性があるということなのですが、それは如何なるものなのでしょうか?

  • 天皇および天皇制─天皇とは公正かつ無私なる祭り主です

    天皇は1年365日、祭りをなさいます。皇祖神ほか天神地祇を祀り、「国中平らかに民安かれ」と祈られます。あらゆる神を祀り、国と民のために無私なる祈りを捧げるのは、日本の天皇だけです

  • 式典準備委員会資料を読む

    令和の御代替わりを前に式典準備委員会が開かれました。その資料を精査します

  • 女性天皇・女系継承容認、「女性宮家」創設の憂鬱

    歴史にない女系継承を容認し、「女性宮家」を創設する。もはや何でもありです。

  • 人は何を信じて生きてきたのか──日本、アジアそして世界

最近の記事

検証・平成の御代替わり──石原信雄内閣官房副長官の証言を読む その1(2011年9月25日)

 平成の御代替わりから20数年になります。  前号では、戦後、とりわけ昭和40年代以降、先鋭化する政教分離の厳格主義が、単線的・直線的発展史観に立ち、歴史の事実を無視して、戦前を悪玉に仕立て上げ、明治憲法を批判し、「国家神道」に責任を押しつけ、天皇もしくは天皇制を指弾していること、そして、その延長線上にあるのが、平成の御代替わりだったこと、について触れました。  今日はもう少し、詳しく見てみます。  平成の御代替わりは徹底して政教分離問題がメインテーマだったように思いま

    • 「光格天皇実録」に記録された「御譲位」「改元」──「待ったなし」となった次の御代替わりだが……(2017年07月30日)

      (画像は桜町殿行幸図部分@国立公文書館)  報道によれば、政府は、「退位と改元の期日」を「9月」に決定・公表する方向で検討に入ったようです。  時事通信が伝えたところでは、来年暮れに「退位」「新天皇即位」、翌年元日に「改元」というスケジュールが有力とされていて、他方、宮内庁内には、再来年3月末に「退位・新天皇即位」、4月1日に「改元」という案もあるそうです。  いずれにしても、いよいよ御代替わりが現実となってきました。  記事が指摘するように、「退位の儀式」をどのよう

      • 「生前退位」3つの衝撃と6つの論点──問われているのは「退位」の認否ではない(「月刊住職」平成28年12月号)

         宝算82(28年12月23日で83になられた)。昭和天皇、後水尾天皇に次ぐ歴代3位のご長寿となられた今上陛下の「生前退位」問題が、身につまされると感じる本誌(「月刊住職」興山舎刊)読者が少なくないと聞く。  長命は慶事のはずなのに、現実は足腰が弱り、読経も十分に勤まらない。入院が続き、寺務も滞っている。財産目録や収支計算書を毎年、揃えるのは億劫だ。露骨に引退を促す檀家さえいる。宗教法人法上の義務が果たせないなら、行政も黙ってはいない。  税務署は宗教家をサービス業に分類

        • 国事行為しか認めない憲法にこそ問題がある──朝日新聞発行月刊誌掲載の横田耕一論考を読む(2018年01月03日)

           明けましておめでとうございます。  陛下の譲位(退位)がいよいよ来春に迫りました。政府は来週にも、今上陛下の退位と皇太子殿下の即位に向けて準備組織を発足させると伝えられます。即位の礼・大嘗祭の日程も具体的に聞かれるようになりました。  事態は先へ先へと進んでいますが、年の初めに当たり、改めて、今回のご譲位問題を振り返り、検証することは意味のないことではないでしょう。少なくとも千数百年におよぶ天皇の歴史に何が起きているのでしょうか。 ▽1 「憲法の原点に立ち返れ」  

        検証・平成の御代替わり──石原信雄内閣官房副長官の証言を読む その1(2011年9月25日)

        • 「光格天皇実録」に記録された「御譲位」「改元」──「待ったなし」となった次の御代替わりだが……(2017年07月30日)

        • 「生前退位」3つの衝撃と6つの論点──問われているのは「退位」の認否ではない(「月刊住職」平成28年12月号)

        • 国事行為しか認めない憲法にこそ問題がある──朝日新聞発行月刊誌掲載の横田耕一論考を読む(2018年01月03日)

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        • 御代替わりの儀式──践祚、大嘗祭そして改元まで
          51本
        • 天皇および天皇制─天皇とは公正かつ無私なる祭り主です
          115本
        • 式典準備委員会資料を読む
          10本
        • 女性天皇・女系継承容認、「女性宮家」創設の憂鬱
          51本
        • 人は何を信じて生きてきたのか──日本、アジアそして世界
          125本
        • 日中・日韓・日朝そして日米関係
          46本

        記事

          賢所の儀は何時に行われるのか?──いつまでも決まらない最重要儀礼(2019年1月20日)

          (画像は宮中三殿。宮内庁HPから拝借しました。ありがとうございます)  先週17日に官邸で式典委員会が開かれ、翌18日には宮内庁で大礼委員会が開かれました。政府は御代替わり関連の諸儀式の次第などを決めました。  これによると、退位礼正殿の儀は4月30日の夕刻午後5時に開始され、践祚後の剣璽等承継の儀は翌5月1日の午前10時30分から、即位後朝見の儀は同11時10分から執り行われることに決まりました。 ▽1 悪しき前例となる「退位の礼」  退位礼正殿の儀は、以下のように

          賢所の儀は何時に行われるのか?──いつまでも決まらない最重要儀礼(2019年1月20日)

          結局、誰が「生前退位」と言い出したのか?──「文藝春秋」今月号の編集部リポートを読んで(2016年9月25日)

           事実の核心に肉薄しようとする良質なジャーナリズムがまだまだ日本には生きていると実感しました。しかし、それでも結局、分からないのです。  この文春リポート(平成28年10月号)のように「譲位」「退位」なら、まだしも理解できます。けれどもNHKのスクープ以来、議論はすべて「生前退位」です。誰が、何のために、過去の歴史にない「生前退位」などと言い出したのか。  そしてなぜメディアの特報という経路をたどることになったのか。それも、ご意向の表明から何年も経っているらしいいまごろに

          結局、誰が「生前退位」と言い出したのか?──「文藝春秋」今月号の編集部リポートを読んで(2016年9月25日)

          御在位30年。毎日、読売、産経社説への違和感──象徴天皇、国民主権、平和主義、そして宮中祭祀(2019年3月4日)

          (画像は御在位30年記念式典。官邸HPから拝借しました)  先月24日、陛下の御臨席のもと、政府主催の御在位30年記念式典が開かれた。翌日、読売や毎日などの全国紙がお言葉などについて、社説で取り上げているので、読んでみたい。陛下が仰せの「象徴天皇」などについて、各紙の捉え方にどうしても違和感を禁じ得ないからだ。  最初にお断りするが、ここで扱うのは毎日と読売、産経の三紙である。30年式典は御代替わりを直前にした大きな節目だが、なぜか朝日や日経は社説に取り上げなかった。

          御在位30年。毎日、読売、産経社説への違和感──象徴天皇、国民主権、平和主義、そして宮中祭祀(2019年3月4日)

          毎日新聞さま、「平成流」なんてあるんですか? 先帝ははっきり否定されています(令和2年10月4日)

          毎日新聞が(平成2年)9月末から「今、皇室に思うこと」というインタビュ・シリーズを始めました。意欲的な取り組みですが、根本的疑問を感じます。 企画の提案理由は、新型コロナの感染拡大によって、皇室と国民との触れ合いの機会が失われている。先帝は地方ご訪問で積極的に国民と交わる「平成流」を築き上げたが、両者の関係は変わるのか、というものです。 しかしこの問題意識こそ、天皇・皇室と民との歴史的な関係を歪めるものではないでしょうか。 ▽1 問われているのは近代天皇制である 歴史

          毎日新聞さま、「平成流」なんてあるんですか? 先帝ははっきり否定されています(令和2年10月4日)

          伝統重視にシフトする皇室典範改正──安倍総理の国会答弁(2006年10月3日)

           安倍首相は今日(平成18年10月3日)午前の参院本会議で、所信表明演説に対する各党の代表質問に答えるかたちで、皇室典範改正問題について「慎重に、冷静に、国民の賛同を得られるよう、しっかり議論を積み重ねていく必要がある」とあらためて慎重な姿勢を示しました。 http://www.nikkei.co.jp/news/main/20061003AT3S0300L03102006.html  先月の悠仁親王御誕生後、マスコミは、改正論議が沈静化した、と報道しました。「皇太子の次の

          伝統重視にシフトする皇室典範改正──安倍総理の国会答弁(2006年10月3日)

          天皇とは何だったのか? どこへ向かうのか? 肝心なことを伝えないお誕生日会見報道(令和2年3月1日)

          先月23日は今上天皇の60歳のお誕生日でした。皇位継承後はじめての天皇誕生日で、昭和天皇以来、恒例となっているお誕生日会見で何を語られるのか、注目が集まりました。 昭和、平成とは異なり、いまや完全なネット社会で、会見の模様は宮内庁ほか各メディアが全文を、動画も含めて、サイトに掲載するようになりました。 しかし、新聞・テレビの報道は字数の制限がありますから、当然、部分的な要約にならざるを得ません。会見の質疑応答はきわめて多岐にわたり、盛り沢山で、それだけに報道する側の問題関

          天皇とは何だったのか? どこへ向かうのか? 肝心なことを伝えないお誕生日会見報道(令和2年3月1日)

          えっ、皇太子殿下と安倍総理が対立?──朝鮮日報・車特派員の驚愕記事(2014年3月9日)

           皇太子殿下のお誕生日会見について、前回のメルマガでは、日本のメディアを代表する朝日新聞が、あながち誤報とまではいわないまでも、全体の事実を歪める記事を載せているとお話しましたが、完全に客観的事実から逸脱しているのが韓国で最大部数を誇るという朝鮮日報の記事です。  刺激的な記事を書くことで知られる車学峰特派員が、安倍総理が進める憲法改正の動きに、天皇陛下と皇太子殿下が不満をお持ちだ、と伝えているのですから、驚きです〈http://www.chosunonline.com/s

          えっ、皇太子殿下と安倍総理が対立?──朝鮮日報・車特派員の驚愕記事(2014年3月9日)

          護憲派の「象徴」に祭り上げられる皇室──部分のみ報道するメディア(2014年3月2日)

           皇太子殿下が御歳54歳になられ、これに先だって記者会見が東宮御所で開かれました。  興味深いのは、メディアの報道です。  たとえば、朝日新聞(電子版)は「皇太子さま54歳 『今後とも憲法遵守』」と伝えています。 「皇室の活動と政治との関わりについての質問に『天皇は国政に関する権能を有しない』とする日本国憲法の規定に言及。戦後の日本は憲法を基礎に築き上げられ、平和と繁栄を享受しているとして、『今後とも憲法を順守する立場で事に当たっていくことが大切』と語った」というのです

          護憲派の「象徴」に祭り上げられる皇室──部分のみ報道するメディア(2014年3月2日)

          池上彰先生がポチを演じる理由──先帝陛下の「長い天皇の歴史への思い」に気づかない(令和6年9月8日)

          ◇1 政府・宮内庁の広報マンもしくは解説者 池上彰先生の「皇位継承」論について検証を続けます。テキストは東洋経済オンラインに載った『池上彰が説く「女系宮家」という選択の現実味──皇位継承を確保するための諸課題』(2018/08/08)です。 前回までを簡単におさらいすると、池上先生の「皇位継承」論は政府・宮内庁の論理を単になぞっているだけのように見えます。さながら政府・宮内庁の広報マンもしくは解説者ということです。なぜそうなってしまうのでしょうか? 先生のエッセイは冒頭

          池上彰先生がポチを演じる理由──先帝陛下の「長い天皇の歴史への思い」に気づかない(令和6年9月8日)

          苦悩する神社神道──仲執持がボランティアに変身する?(2011年08月14日)

          (画像は東日本大震災後の被災地)  先日、政教分離問題に関する勉強会がありました。そのなかで若い研究者の発表はたいへん興味深いものでした。  彼は、社会が変化して、いままでのように神社が公共的存在であるというだけでは、神社の公共性、公益性をうたえなくなっている。このため神社および神職の社会貢献が求められる時代になった、というのです。  88年前の関東大震災では、彼の発表によれば、全国神職会を中心として、義援金を募り、慰霊祭を奉仕するなど、素早い対応がなされたといいます。

          苦悩する神社神道──仲執持がボランティアに変身する?(2011年08月14日)

          関東大震災と東日本大震災、それぞれの「四十九日」──なぜ国は大震災犠牲者を悼まないのか(2011年05月05日)

          (画像は東日本大震災後の被災地)  連休初日の先月29日、来日中のダライ・ラマが、東京・文京区の護国寺で、日本の僧侶や4千人の参列者とともに、宗派を超えて、東日本大震災の犠牲者を追悼する四十九日の慰霊法要を営みました。ネパールのカトマンズでもチベット人たちの四十九日法要の祈りが捧げられたと伝えられます。  大震災発生以来、その犠牲者を悼む世界の祈りが日本に集中しています。  北上川の川岸、河口のすぐそばにあって、校舎の高さを超える津波にまるごと呑み込まれ、襲児童・教職員

          関東大震災と東日本大震災、それぞれの「四十九日」──なぜ国は大震災犠牲者を悼まないのか(2011年05月05日)

          御内帑金1千万円を下賜──関東大震災90年(2013年11月03日)

          (画像はWikipediaから拝借しました) ▽1 久しぶりの新聞に「摂政宮の御沙汰書」  震災当日、父帝大正天皇のお見舞いのため日光に滞在されていた秩父宮(ちちぶのみや)親王は直ちに帰京され、第一師団の戒厳勤務となり、都内を巡視、皇族の総代として被災者を慰問された。  9月4日、被災した街の辻々に、活字のほかにガリ版、手書きを含む新聞の号外が張り出された。地震発生当日から東京の新聞は発行不能に陥っていたから、号外とはいえ久しぶりの新聞である。そこには、被災者を思いやっ

          御内帑金1千万円を下賜──関東大震災90年(2013年11月03日)