戦時下教育ってやつは半端じゃない。そして学校に慰霊の部屋がありもう50柱とか…普通にいろんな価値観を学べる幸せ
1941(昭和16)年に滋賀県八幡町(現・近江八幡市)の国民学校初等科6年生だった女児の学校で作った作品を入手しました。もうね、洗脳だよね、一種の。独裁国家っていうのはこういう感じかって思えます。
まず習字。普通の作品ももちろん書きます。なかなか上手だと思います。
それがね、例えばこんなお手本があるわけですよ。
これに類したお手本が多数あり、そうしたもので書かされるわけですね。書いてる方は、ただきれいに書こうとしているだけかもしれませんが、教育勅語の奉読と同じで、言葉が頭に沁み込んでいくのですよ。
そして、もっと小さい時からこういう風に皇室の「ありがたさ」を教え込んでいるんですよ。
そして、こんな作品を書かされることになる。
また、出征家庭への勤労奉仕をイメージして、こんなポスターの作品も作っています。出ている2人の子供は、大政翼賛会のフリーキャラクター大和一家の子供たちですね。
そして、兵隊さんへの慰問文書きもあったようです。残っているのはどうしたわけかは分かりませんが。良い作品を選抜したのか、下書きなのか。おそらく下書きであろうと思いますが。
この学校では、随時校報を出していたようで、1942(昭和17)年2月20日発行の189号では「大東亜戦と大国民錬成」という校長講和。「日本人は東亜の盟主として諸民族の指導、経済の充足、共同防備の完備に当たらねばならぬ」って書いて、父兄にも反省を求めている。
「東亜の盟主」なんていつ、どこで決まった? 経済の充足って、アジア各地から戦略物資を収奪する日本の充足にすぎないんじゃないか? 共同防備って、日本が勝手にアジアの韓国を併合し、満州を傀儡国家にし、中国にけんか売って、それを続けるために南方へ進出して米英と衝突しただけ。日本の戦争に巻き込んでいっただけじゃないか。こういう教育をして、そして今でもころっと騙されている人が多いのは嘆かわしい。
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全国津々浦々、こんな調子だったんですね。まさに、天皇を頂点とし、臣民を従順な兵隊と労働者とし、「天皇のため」命を投げ出せるよう教育していったのが実態。教育勅語は、そうした天皇制維持のための義理と忠孝を植え付けるためのものなのだし、君が代は天皇の世がいつまでも続くようにって祝う歌だし。
子どもたちには、もっといろんな価値観を学んでもらいたい。そして何より、変な上下関係を捨て、広く世界を見てほしい。教科書は、基礎のほんの一部。広く良い本に当たり、人と会い、語らって、それこそが自己の錬成でしょう。誰かについていくのではなく、自分で考えることこそ大切でしょう。その基盤となるのが、歴史であり幅広い知識。たった数人のプロパガンダにごまかされないでほしいね。