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医者。ときどき映画監督とか、落語とか。キーワード:対話、共感、コミュニティ。あと、学び…

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医者。ときどき映画監督とか、落語とか。キーワード:対話、共感、コミュニティ。あと、学び、アート、銭湯、つながり。単純に人が好き。でも、恥ずかしがり屋です。

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  • そんそんの教養文庫(今日の一冊)

    一日一冊、そんそん文庫から書籍をとりあげ、その中の印象的な言葉を紹介します。哲学、社会学、文学、物理学、美学・詩学、さまざまなジャンルの本をとりあげます。

最近の記事

現実世界の判断不可能性——濱口竜介監督『悪は存在しない』を観て

濱口竜介監督作品『悪は存在しない』のパンフレットより、濱口監督と編集の山崎梓氏のクロストークから引用。本作品は『ドライブ・マイ・カー』(2021)以降の長編映画最新作で、第80回ヴェネチア国際映画祭 銀獅子賞(審査員グランプリ)を受賞している。ストーリーは以下のようなものだ。 長野県、水挽町(みずびきちょう)。自然が豊かな高原に位置し、東京からも近く、移住者は増加傾向でごく緩やかに発展している。代々そこで暮らす巧(大美賀均)とその娘・花(西川玲)の暮らしは、水を汲み、薪を割

    • 右手になぜ優越性があるのかを社会学的に探究する——エルツ『右手の優越』を読む

      ロベール・エルツ(Robert Hertz、1882 - 1915)は、フランスの社会学者・人類学者である。デュルケーム学派。将来を嘱望されながらも第一次世界大戦によって、33歳でその短い生涯を閉じた。本書『右手の優越 - 宗教的両極性の研究』は、現在の象徴体系、認識体系研究の先駆けとなったフランス社会学黄金期の著作である。 エルツはデュルケムを中心とする「社会学派」の一人であり、方法論は根本的にはデュルケムに基づいているが、その研究は独創的見解を含んでいる。「死の集合表象

      • 身体の「獄中の聴衆」としての感情——ダマシオ『デカルトの誤り』を読む

        アントニオ・ダマシオ(Antonio Damasio, 1944 - )は、ポルトガル系アメリカ人の神経科学者。意識・脳・心身問題・感情・情動などを研究テーマとする。特に意思決定や価値判断に関する「ソマティック・マーカー仮説」の提唱者として知られる。その研究は神経科学だけでなく哲学・心理学・ロボット工学にも影響を与えている。 ダマシオの1994年の著書『デカルトの誤り(Decartes' Error)』は、理性的な思考と決断の生理学、そしてその能力がダーウィンの自然淘汰によ

        • 老いることと自己をととのえること——『ダンマパダ(真理のことば)』を読む

          ダンマパダ(巴: Dhammapada)は、初期仏典の一つで、仏教の教えを短い詩節の形(アフォリズム)で伝えた、韻文のみからなる経典である。漢訳は、法句経(ほっくぎょう)。「ダンマパダ」とは、パーリ語で「真理・法(巴: dhamma)の言葉(巴: pada)」という意味であり、伝統的漢訳である「法句」とも意味的に符合する。パーリ語仏典の中では最もポピュラーな経典の一つである。スッタニパータとならび現存経典のうち最古の経典といわれている。かなり古いテクストであるが、釈迦の時代か

        現実世界の判断不可能性——濱口竜介監督『悪は存在しない』を観て

        • 右手になぜ優越性があるのかを社会学的に探究する——エルツ『右手の優越』を読む

        • 身体の「獄中の聴衆」としての感情——ダマシオ『デカルトの誤り』を読む

        • 老いることと自己をととのえること——『ダンマパダ(真理のことば)』を読む

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        • そんそんの教養文庫(今日の一冊)
          168本

        記事

          ソクラテスの「ダイモニア」とは何か——プラトン『ソクラテスの弁明』より

          ソクラテスは、心の内にある神的なもの、ダイモニアを信じていた。そして、そのダイモニアがときどき彼に「◯◯をするな」と諫止してきたと述べている。一体この「ダイモニア」とは何であろうか。というのも、これは後にアリストテレスが幸福の概念として述べた「エウダイモニア」、つまりダイモンあるいはダイモニアを声をよく聴くことに通じているからである。 岩波文庫の『ソクラテスの弁明』の翻訳、解説をしている哲学者の久保勉(くぼ まさる, 1883−1972, 東京帝国大学卒の哲学教授)によると

          ソクラテスの「ダイモニア」とは何か——プラトン『ソクラテスの弁明』より

          愛知者は死にどのように臨むべきか——プラトン『ソクラテスの弁明』を読む

          ソクラテスの「無知の知」は有名な言葉であるが、少し誤解されているところもある。「無知の知」とは、「自分が何も知らないということを知っている」というよりは「自分が知らないことを知っているとは思っていない」ことである。「不知の自覚」という言葉でそれを区別する人もいる。ソクラテスの実際の言葉を引いてみよう。 そして、この不知の自覚のソクラテスの態度は、「死」に対しても向けられている。冒頭の引用がそれである。「愛知者」すなわち知を愛する者としての責務は「不知の自覚」の態度を徹底する

          愛知者は死にどのように臨むべきか——プラトン『ソクラテスの弁明』を読む

          一番大切なことは単に生きることではなく、善く生きること——プラトンの『クリトン』を読む

          『クリトン』は、プラトンの初期対話篇の一つであり、『ソクラテスの弁明』の続編。そこに登場する人物名でもある。副題は「行動(実践・義務)について」。ソクラテスがアテナイの裁判で死刑を宣告され、翌日に刑の執行が迫る前夜の話である。クリトンはソクラテスの幼き頃からの親友であり、クリトンはソクラテスにここから逃げるように説得しようとする。しかし、「法の命ずるところに背いて逃げ出すのは正しくないし、するべきではない」と、いつものソクラテスのやり方で逆に説得されてしまうという話である。

          一番大切なことは単に生きることではなく、善く生きること——プラトンの『クリトン』を読む

          なぜ「犬には仏性がない」のか?——末木文美士氏『『碧巌録』を読む』より

          『碧巌録』(へきがんろく)は、中国の仏教書であり禅宗の語録。宋の時代(12世紀頃)に成立した。宗教書であると同時に禅文学としての価値が大きく、古来より「宗門第一の書」といわれ、公開の場で提唱されることも多かった。看話禅(師から示された公案を解いて悟りに到ること)の発展は本書に依るところが大きく、本書に倣って『従容録』、『無門関』の公案集が作られた。また、臨済宗の専門道場においては、修行者が自分の悟境を深めるための公案集として用いられている。本書『『碧巌録』を読む』は、仏教学者

          なぜ「犬には仏性がない」のか?——末木文美士氏『『碧巌録』を読む』より

          仏性を見るための「中道」——高崎直道『『涅槃経』を読む』を読む

          『涅槃経』(ねはんぎょう、梵: ニルヴァーナ・スートラ)は、釈尊の入滅されるその日の最後の説法を通して、仏教の根本思想を伝える経典である。クシナーラーの沙羅双樹の中で釈尊が、「仏の永遠性」「一切衆生悉有仏性」などの真理を語る。仏は永遠であり、全ての人間には、仏のさとりを得られる「仏性」が備わっていることが明らかにされる。日本仏教に大きな影響を与えた。本書『『涅槃経』を読む』は、仏教学の第一人者である高崎直道氏が、NHKのラジオ第二放送「こころの時代~宗教・人生~」で放送された

          仏性を見るための「中道」——高崎直道『『涅槃経』を読む』を読む

          「回心」の宗教心理学——ジェイムズ『宗教的経験の諸相』を読む

          ウィリアム・ジェームズ(William James、1842 - 1910)は、アメリカ合衆国の哲学者、心理学者である。意識の流れの理論を提唱し、ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』や、アメリカ文学にも影響を与えた。パースやデューイと並ぶプラグマティストの代表として知られている。著作は哲学のみならず心理学や生理学など多岐に及んでいる。心理学の父である。日本の哲学者、西田幾多郎の「純粋経験論」に示唆を与えるなど、日本の近代哲学の発展にも少なからぬ影響を及ぼした。夏目漱石も、影響を

          「回心」の宗教心理学——ジェイムズ『宗教的経験の諸相』を読む

          盗賊と長老——『仏弟子の告白(テーラガーター)』を読む

          テーラガーター(パーリ語: Theragāthā)とは、パーリ語経典経蔵小部に収録された上座部仏教経の一つで、全21章での構成、すべてで1279の詩が収められている。テーラとは「長老」、ガーターとは「詩句」のことで、「長老たちの詩」という意味。本書は、訳者の中村元が「仏弟子の告白」と意訳したものである。これらの詩は、男性である修行僧たちが自分で詠じたもの、あるいは詠じたとして伝えられているものも多いが、また他の人々がこれらの修行僧について詠じたものもある。実際の作者は多勢いた

          盗賊と長老——『仏弟子の告白(テーラガーター)』を読む

          マルクスのエコロジーと「物質代謝の亀裂」——斎藤幸平氏『大洪水の前に』を読む

          著者の斎藤幸平(さいとう こうへい、1987 - )氏は、日本の哲学者、経済思想家、マルクス主義研究者。東京大学大学院総合文化研究科・教養学部准教授。フンボルト大学哲学博士。本書『大洪水の前に:マルクスと惑星の物質代謝』は彼の博士論文(ドイツ語)の英語訳『Karl Marx's Ecosocialism(カール・マルクスのエコ社会主義)』を元にしたものであり、これにより権威あるドイッチャー記念賞を日本人初、歴代最年少で受賞している。本書は世界9カ国語で翻訳刊行されている。日本

          マルクスのエコロジーと「物質代謝の亀裂」——斎藤幸平氏『大洪水の前に』を読む

          本居宣長が紫式部に感じた「もののあはれを知る心」——小林秀雄『本居宣長』を読む

          小林秀雄(こばやし ひでお、1902 - 1983)は、日本の文芸評論家、編集者、作家、美術・古美術収集鑑定家。日本の文芸評論の確立者であり、晩年は保守文化人の代表者であった。アルチュール・ランボー、シャルル・ボードレールなどフランス象徴派の詩人たち、ドストエフスキー、幸田露伴・泉鏡花・志賀直哉らの作品、ベルクソンやアランの哲学思想に影響を受ける。本居宣長の著作など近代以前の日本文学などにも造詣と鑑識眼を持っていた。 『本居宣長』は1977年(昭和52年)発刊、小林が75歳

          本居宣長が紫式部に感じた「もののあはれを知る心」——小林秀雄『本居宣長』を読む

          泣き続ける乳児と存在の不快さ——埴谷雄高『死霊』とカント哲学

          埴谷雄高(はにや ゆたか、1909 - 1997)は、日本の政治・思想評論家、小説家である。共産党に入党し、1932年に逮捕・勾留された。カント、ドストエフスキーに影響され、意識と存在の追究が文学の基調となる。戦後、「近代文学」創刊に参加。作品に『死霊』、『虚空』などがある。本書『埴谷雄高——夢みるカント』は、埴谷の長編小説『死霊(しれい)』について、カント哲学を軸にして、哲学者の熊野純彦氏が読み解いたものである。 1932年から翌年にかけて未決囚として刑務所に入っている際

          泣き続ける乳児と存在の不快さ——埴谷雄高『死霊』とカント哲学

          折口信夫の「まれびと」考——共同態の外部から来る規範

          社会学者の大澤真幸氏による折口信夫「まれびと」考である。民俗学者・国文学者・歌人の折口信夫(おりぐち しのぶ, 1887 - 1953)については前記事も参照のこと(折口信夫の「いきどほり」と「さびしさ」)。 折口信夫には『死者の書』という奇妙な小説がある。水の音と共に闇の中で目覚めた死者、滋賀津彦(大津皇子)の魂と、彼が恋う女性・耳面刀自の魂との神秘的な交感を描く幻想小説である。この『死者の書』における滋賀津彦と、その魂を癒やす女性との関係をもとに、折口信夫の鍵概念である

          折口信夫の「まれびと」考——共同態の外部から来る規範

          廣松渉がマルクスの中に見出した関係論的人間観

          マルクス主義から出発し、近代を超克するような新たな哲学を目指した廣松渉(ひろまつ わたる、1933 - 1994)の思想について、その高弟である小林敏明氏による解説である。廣松渉に関する過去記事「この意識は私に固有のものか?——廣松渉の「世界は共同主観的に存在する」論について」も参照されたい。 廣松の主たる思想は「世界の共同主観的存在構造」によく表現されているが、要約すると、人間存在の本質を「主体」という近代的抽象物に求めるのではなく、主体や個体というものを超えた社会的諸関

          廣松渉がマルクスの中に見出した関係論的人間観