本能寺の変1582 第152話 16光秀の雌伏時代 1光秀と越前 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
第152話 16光秀の雌伏時代 1光秀と越前
◎光秀は、知識欲が旺盛だった。
◎光秀は、権謀術数に長けていた。
◎光秀は、兵法を究めた人物である。
◎光秀は、典型的な戦国武将だった。
光秀は、知識の吸収に意欲的だった。
特に、兵法。
権謀術数に長けた、典型的な戦国武将なのである。
そのことは、次の史料からもわかる。
また、友人たちの間にあっては、彼は人を欺くために七十二の方法を
深く体得し、かつ学習したと吹聴していたが、
(『日本史』)
【参照】目次小 9光秀という男 1フロイスの証言 小
第52話 ☆光秀は、兵法に精通していた。
光秀は、美濃へ目を遣った。
光秀は、気懸りだった。
その目は、自ずと、美濃へ向かう。
斎藤義龍が死んだ。
当代は、その子、龍興。
危うい、・・・・・。
【参照】目次小 15信長の台頭 7斎藤義龍の死 小
第138話 ☆美濃の斎藤義龍が亡くなった(三十五歳)。
義龍の子、龍興がその後を継いだ(十四歳)。
次ぎに、尾張へ。
尾張の織田。
信長の台頭が目覚ましい。
尾張統一*1。
桶狭間*2。
小牧築城*3。
東美濃*4。
稲葉山は如何に、・・・・・。
*1【参照】目次小 15信長の台頭 1信勝謀殺 小
第117話 浮野合戦の事。『信長公記』
信長は、岩倉方に壊滅的な打撃を与えた。
『信長公記』
第118話 信勝が再び謀叛を企てた。『信長公記』
☆信長は、信勝を殺害した。『信長公記』
【参照】目次小 15信長の台頭 2尾張統一 小
第122話 岩倉落城の事。『信長公記』
尾張統一、成る。
*2【参照】目次小 15信長の台頭 3桶狭間 小
第125話 今川義元が沓掛に到着した。『信長公記』
第126話 義元は、桶狭間で休息をとった。『信長公記』
第127話 この時、信長の軍勢は僅か二千。『信長公記』
第128話 運は、天にあり。『信長公記』
第129話 今川義元の最期。『信長公記』
第130話 義元の首。『信長公記』
第131話 頸数三千余。『信長公記』
今川勢は、全軍撤退した。『信長公記』
*3【参照】目次小 15信長の台頭 8三好の衰退 小
第144話 信長は、小牧山に築城を開始した。
狙いは、犬山城。
そして、美濃を東から攻める。
信長は、清洲城から小牧山城に移った。
『信長公記』
*4【参照】目次小 15信長の台頭 10三好長慶の死 小
第149話 信長は、犬山城を攻略した。『信長公記』
第150話 信長は、攻め口を変えた。
西から東へ。
信長は、東美濃に進出した。『信長公記』
そして、京へ。
将軍義輝*1。
三好の栄華*2。
三好の衰退*3。
長慶の死*4。
三好の時代は、終わった。
ならば、
世は、乱れる、・・・・・。
*1【参照】目次小 15信長の台頭 2尾張統一 小
第119話 将軍義輝は、京にいた。「言継卿記」
三好は、全盛期を迎えていた。
【参照】目次小 15信長の台頭 3桶狭間 小
第123話 将軍義輝との関係は、良好である。
「お湯殿の上の日記」
第124話 将軍義輝が参内した。「お湯殿の上の日記」
三好長慶、得意の場面である。「足利季世記」
長慶は、将軍義輝を必要としていた。
*2【参照】目次小 15信長の台頭 6三好の絶頂 小
第136話 三好長慶と畠山氏が対立した。「足利季世記」
第137話 長慶は、河内・大和を同時に攻撃した。
「足利季世記」
長慶は、河内と大和を手に入れた。
長慶は、得意の絶頂にあった。
*3【参照】目次小 15信長の台頭 8三好の衰退 小
第139話 衰退の予兆。
☆十河一存の死。「足利季世記」
第140話 ☆実休が討死した。「足利季世記」
これ以後、三好氏は転落への道を歩む。
第145話 ☆三好義興が病死した。「足利季世記」
三好氏は、衰亡へ向かって歩みを速めた。
*4【参照】目次小 15信長の台頭 10三好長慶の死 小
第148話 ☆三好長慶が安宅冬康を殺害した。「足利季世記」
第149話 長慶、没す。「足利季世記」
斯くして、三好長慶の時代は終わった。
⇒ 次へつづく 第153話 16光秀の雌伏時代 1光秀と越前
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