室町時代

「百鬼夜行絵巻」

「百鬼夜行絵巻」
大徳寺真珠庵

みなさん「百鬼夜行」ってご存知です?私は椎名林檎オタクなのですが「椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015」というライブで最前列の神席が当たり、その上神セトリ過ぎてずっと泣いてたのでほぼ記憶がありません(あかんやん)。

と開始早々脱線しましたが、「百鬼夜行」というのは平安時代、妖怪や鬼が夜中にうろうろ行進しているのを見かけてしまうと死んでしまうらしく(笑)、日頃

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桶狭間の戦いの考察8

今川義元が桶狭間の戦いで何故破れたのかを考察する記事、第8回。

今回は若き日の義元の事績を。

■相続直後に大失敗の義元

後に「海道一の弓取り」と称賛された今川義元ですが、若き日は失敗に継ぐ失敗の日々でした。

わずか半月で「花倉の乱」を収め、華々しく戦国の世に登場した義元でしたが、まだ家中の動揺は収まっていませんでした。

そこで外征よりも国内を優先させようと、長年抗争を続けてきた甲斐武田氏

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桶狭間の戦いの考察7

桶狭間の戦いで今川義元が何故負けたのかを考察する記事、第7回。

今回、いよいよ義元が登場します。

このシリーズの主役なんですけど。長らくお待たせいたしました。

■今川家家督相続と「花倉の乱」

当主の氏輝、そして後継者筆頭の彦五郎が同日に相次いで亡くなるという事件が起こった今川家は、急ぎ後継者を決めなくてはならなくなりました。

東の小田原北条氏とは同盟関係にありましたが、北方の甲斐武田氏と

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桶狭間の戦いの考察6

今川義元が桶狭間の戦いで何故負けたのかを考察する記事、第6回目。

今回は守山崩れから、氏輝の死を。

■松平清康暗殺事件「守山崩れ」

尾張守山城を取り囲んでいた松平清康率いる三河勢に凶報が走ります。

松平清康、死亡。

配下の阿部正豊に一撃の元、切り殺されるという衝撃的な事件でした。

清康は三河全土に勢力を伸ばしましたが、わずか10年足らずで急速に版図を拡大した結果、領内の経営には歪みが生

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桶狭間の戦いの考察5

今川義元が何故桶狭間で負けたのかを考察する記事、第5回目。

今回は三河のお話。

■三河国で台頭した松平氏

現在の愛知県東部にあった三河国。

戦国期では矢作川周辺を「西三河」、吉田川周辺を「東三河」と呼びますが、古くは西三河のみを「三河国」と呼んでいたようです。

駿河、遠江、尾張と大小様々な動乱があったため比較的落ち着いているように思われる三河国ですが、そんなことはありません。

三河では

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桶狭間の戦いの考察4

今川義元が何故桶狭間で負けたのかを考察する記事、第4回目。

今回は応仁の乱以降の今川氏の動きを中心にします。

■応仁の乱で当主が討死した今川氏

斯波氏の家督争いである武衛騒動から畠山氏、さらには将軍家の後嗣問題にまで発展した室町幕府の権力闘争は、ついには全国を二分する「応仁の乱」を勃発させます。(1467年)

東軍、西軍に各勢力がつく形になり、今川氏は東軍側につきます。(ちなみに斯波氏は西

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桶狭間の戦いの考察3

今川義元が何故桶狭間で破れたのか、を考察する記事のその3。

今回は桶狭間のもう一人の主役織田氏について。

■実は越前出身の織田氏

斯波氏には有力な被官が三家ありました。甲斐、朝倉、そして織田です。

越前国織田荘の国人で、斯波氏が尾張守護を拝命した後、守護代として尾張に根付くことになります。

ちなみに、この織田氏は代々伊勢守を自称したため、「伊勢守家」と呼ばれました。しかし守護代ながら、京

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桶狭間の戦いの考察2

今川義元が何故桶狭間で破れたのか、を考察する記事。

第二回は尾張(斯波氏)のお話を。

なかなか桶狭間どころか義元、信長すら登場しませんが、今川家がなんで遠江、三河、尾張の支配を目指したのか背景が分かればより桶狭間に至る経緯が分かるかと思いました。

■足利一門家、斯波氏

前回、足利一門の名家として吉良氏、今川氏を紹介しましたが、もうひとつの足利一門の名家である斯波氏を紹介します。

足利4代

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桶狭間の戦いの考察 1

桶狭間の戦い。

戦国時代が好きな人なら誰もが知っている、というよりも歴史を勉強する上で必ず通る戦いです。

今川義元と織田信長の軍勢が戦闘になり、今川義元が討ち取られた。

これが歴史の事実です。

そして今川義元といえば、どんなイメージでしょう。

油断して桶狭間で負けた人。
白化粧にお歯黒の貴族かぶれ武将。

おそらく30代以降の人だと、こんな言葉が頭に浮かぶのではないだろうか。

そんな今

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歴史・人物伝~太平記編⑦ばさら大名といえば佐々木道誉

歴史・人物伝~太平記編を再開し、今回は第7回です。

番外コラムの中で、大河ドラマ「太平記」で印象に残った出演者に佐々木道誉役の陣内孝則さんを挙げました。権謀術数に長けた武将であると共に、道誉は「ばさら大名」としても知られています。

「ばさら」という言葉を調べると、華美な服装を好んだり、勝手気ままな振る舞いをしたりという南北朝独特の美意識だということが分かりました。天皇や公家といった古くからの権

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ご覧いただき、かたじけなく存じます
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