伏見城攻め前夜

注意)大老のことを奉行と呼称し、奉行のことを年寄衆と呼称しています。内府は徳川家康のことです。舅殿は、三成の妻の父、宇多頼忠のことです。呼称については、当時の表現を採用しています。 

 嵐の前の静けさとは、このようなことであろうか。豊国神社の境内は、以前訪れた時と、何も変わっていない。青々と茂った灌木と、うっすらと紅色に染まりつつある落葉樹が、京の都の雅さを現出している。
 一六〇〇年(慶長五年

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ありがたや!

義憤に燃えて 第一章 天狗連その6

その夜から早速、私は原稿用紙に向かい、三日がかりで一幕三場の『国定忠治』をまとめあげた。任侠精神で弱き人々を助けるという内容で、落合製菓時代から胸中にくすぶっていた憤懣を大いにぶつけたものになった。
 しかし、書き上げた脚本をもとに稽古が始まると、主役の小池が私のイメージに沿ってくれない。こうしてくれ、ああしてくれと注文をつけても、小池がそのように演じてくれないのだ。ついに私と小池の間で衝突が起き

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夢のようでございます。

義憤に燃えて 第一章 天狗連その5

病院を後にして、私は『亀の湯』に向かった。この塞がれた気持ちを打破したいという思いに駆られていた。豊子に生きる喜びを与えるには、まず自分の中から、死への渇望を消しさらなければならない。そのためにはどうするか。答えは大二君にあると思ったのだ。彼ならば、私に生きる活力を与えてくれるはずだ。
 湯屋に赴くと、大二君は快く迎え入れてくれた。他の者も揃い、着替えの真っ最中だった。着物に足袋、お手製の刀を差し

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ありがたや!

義憤に燃えて 第一章 天狗連その4

『亀の湯』での集会から数日後、私は近所の病院を訪れた。目当ての病室には、豊子が入院している。豊子も私のように病弱で、体調をくずして入院していた。私が初めて惚れた女であり、共に死のうと誓いあった同志でもある。
 私が病室に顔を覗かせたとき、豊子は「ひょっとこ」のような顔をして驚いてみせたが、すぐにいつもの愛らしい笑顔を見せてくれた。梅干しが、お茶に合うのだと言い訳を添えて、私の来訪を喜んでくれた。

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かたじけない。

【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 19

そんなこんなで、稲穂の収穫が終わったあとも権太の屋敷に居座ることになった。
 村人にとっては頼れる者ができたと、庄屋を差し置いて何かと相談事を持ち込んだ。
 庄屋自身も、それなら明智様に相談しろと、面倒事を振ってくる。
 源太郎は、「そんなことお断りすればよいものを」と話すのだが、「まあ、ついでですから」と、そそくさと出かけていき、上手く差配してくる。
 となると、さらに村人は相談事や揉め事を持っ

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あなたのスキとネコがいれば1日幸せですm(_ _)m
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9/30新刊『絵ことば又兵衛』の取材を受けました&リリース公開

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 今日は、文藝春秋さんにお邪魔しました。
 文春さんのサイト「文藝春秋BOOKS」さんでのインタビュー記事のためのものです。以前のnoteでのご説明のとおりみだりな外出のできない身なのですが、たまたまタイミングが合い(というか先方さんに合わせていただき)この日程でやらせていただくことができました。感謝……!

 そんなわけで、『絵ことば又兵衛』のインタビュー記事、近日公開となりますので

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義憤に燃えて 第一章 天狗連その3

「それで、結局は辞めちゃったってわけかい?」
 話の途中で質問してきたのは小池力雄だった。私は溜息を交えて答えた。
「いや、俺は辞めなかった。だが、駒沢の工場だけじゃなく、本所の方もダメになってしまったんだよ。」
「えっ?どうして本所の工場までダメになるんだ?そっちは落合さんの弟さんが経営してたんだろ?弟さんも何か失敗しちゃったのか。」
「ガス会社がやってきて、ガスを止めてしまったんだよ。それで操

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ありがたや!

義憤に燃えて 第一章 天狗連その2

歯車が狂いだしたのは、第二工場を建てるという話が出てきてからだ。一九二八年(昭和三年)の十二月におこなわれる、天皇陛下即位の御大典景気を見越した計画だった。
 そのころ、落合製菓には陸軍退役将校の山下という上得意がいた。どういうつながりなのか、最後までわからなかったが、落合製菓は、この人物に有利な条件で製品を卸していた。
 第二工場建設の話は山下の耳にも届いたようで、あるときから、駒沢方面は地価、

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かたじけない。
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義憤に燃えて 第一章 天狗連その1

二月の冷たい風が、頬に突き刺さる。一九二九年(昭和四年)の暮れに、東京から帰ってきてから、この二か月間、私はずっと家に閉じこもったままだった。しかし、このままではいけないという思いに駆られた。こんな状態をつづけていたら、厭世気分に陥って、自分で自分を殺めてしまいそうだったからだ。この数年間、私は死への魅力に取りつかれていた。死ねば楽になるのではないか、そんなことを考えてしまうのだ。一度、死のうとし

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君に幸あれ!
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義憤に燃えて プロローグその2

獄舎に看守の靴音が冷たく響き渡る。それはだんだん大きくなり、私の独房の前で止んだ。
「オヌマショウ、検事どのの面会だ。」
 今頃、何の用があるのだろうか。予審は全て終わっている。二、三の証人審理が残っているが、それも終われば、この夏に公判が行われると聞いている。心の中に靄を抱えたまま、私は看守に付き従った。早春という事もあってか、寒さはまだ肌を刺す。
 看守が検事室をノックすると、中から元気な声が

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ありがたや!