悋気の火 -下-

五徳屋はしばらく忙しくしていて、おしのの心配をしていたところ久々に別宅へ足を運ぶことができた。おしのの酌を受けてちびちびと酒をのむ。女中が作った鰯の焼き物が殊の外旨く、この日は食も進んだ。
「このままじゃあ紅花かどうかもわからんな。おしのを身請けするのに文句をつけてきた三代屋の嫌がらせかもしれんし」
「鬼火と何か話しましたか」
「いいやあ。鬼火はぽっと出て、つかもうとしたらするっと逃げられたよ」

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悋気の火 -中-

葬儀は寒い冬の最中に行われた。白い布に包まれた棺桶に入った亡き妻を思い、五徳屋はほろりと涙をこぼした。
「お徳……成仏しておくれよ」
 早隠居が流行る中、夫婦揃って伊勢参りにでも行こうかと話していた頃の不幸だった。肌寒くなってお徳が咳をするようになって、寝付いたかと思うとあっという間に逝った。五徳屋はお徳を亡くした実感がわかず、慰めの言葉をかけられてもぼんやりとしていた。
 不幸があっても続けなけ

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悋気の火 -上-

江戸の怪異は様々あるが、五徳屋の別宅に出没する鬼火は最近沸いた噂だった。
 呉服問屋の五徳屋仙右衛門は妻を亡くし、甥っ子に連れて行かれた吉原で大見世・紫の屋の花魁・若紫を見初め、後妻に迎えた。五徳屋は「おしの」と名を与え、別宅を建ててそこにおしのを住まわせた。鬼火は、その別宅に出ると言う。
 別宅に住まっておしのの身の回りの面倒をみている女中が最初に見た。夜にへっついの火が消えていないのかと目を凝

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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 4

やはり領主の使いで来たらしい。

 煤けた囲炉裏の傍らで、夕餉の粥を啜りながら十兵衛は話した。

 権太は粥を啜った後、枯れ木で囲炉裏の灰をいじっている。

 米一に、稗九の、白湯っぽい粥である。

「このようなものしかお出しできず、申し訳ありません」

 と、父は申し訳なさそうに出したが、

「いえいえ、忝い」

 と、十兵衛は押し頂いて受け取った。

 権太の家はまだ良い方だ。

 他の家は稗

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特別キャストはあなたです……
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【読書録】『梟の城』司馬遼太郎

作者最初の長編小説。直木賞受賞作。

一言で言ってしまえば、手に汗握るハラハラドキドキの忍者小説なのだが、忍者たちの宿命と、苦悩や葛藤が、格調互い文体で、とても鮮やかに描かれている。豊臣秀吉の時代の世相の描写も詳しく、フィクションではあるが、歴史小説としても楽しめる。

主人公の伊賀忍者、葛籠重蔵と、彼を愛する、木さると小萩の、2人のくノ一とのやり取りも絶妙。女心をとてもよく捉えている。少々官能的

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ひとへに風の前の塵に同じ最新話限定公開 第14話 広い世界①─宋銭というもの─



 季節の花の主役が桜から藤へと変わるころ。
 忠盛と清盛、家盛の3人は六波羅の屋敷を出た。
 陸路で摂津へ向かい、船で西国を目指す。
「おーい、お前たち、俺のこと覚えてるか?」
 後ろで誰かが名前を呼んでいたのっで、清盛は振り向いた。
 目の前にいたのは、この前捕まったはずの山王丸と海王丸の兄弟だった。
「な、何だよお前たち。俺のこと殺そうってのかよ?」
 清盛は腰の太刀に手をかけた。
「兄

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書評 大江戸火龍改 夢枕獏   陰陽師シリーズで有名な獏さんの新シリーズ。今回も妖怪退治ものでした。

陰陽師シリーズで人気の夢枕獏さんの新シリーズ。
妖怪退治ものです。

「火龍改」の仕事は、人間のふりして人間の中に紛れ込んでいる もののけ を狩ることであり、あるいは、人に害をなすものを祓ったり鎮めたりすることである。

陰陽師と基本は仕事内容は同じです。
殺人事件の謎解きをするミステリー的な側面と
妖怪退治的な側面があるエンタメ時代小説でした。

猟奇殺人が発生します。
桜が人を飲み込んで肉片に

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ありがとうございました。嬉しいです。🎵😍🎵
13

第13話 逆恨み



 年が明け、1136年正月。
 海王丸から斬られた傷も癒え、歩けるほどにまで回復した清盛は、宮仕えと北面の武士としての活動を再開させた。
 官位の方は、海賊退治の功により、正五位から従四位に出世。出世街道を順調に歩んでいた。
 薄い水色の空から暖かくて優しい春の陽ざしが、屋敷の縁側に降り注ぐ。
「今日はいい天気だな」
 清盛はあくびをひとつした。
「そうですね。今日はいい天気だこと」
 清盛

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武蔵の微笑み(時代小説『宮本武蔵はこう戦った』より)

武蔵は思い悩んでいたのだった。

小次郎に勝てるという自信がなかった。

今まで数々の試合をこなしたが、全て勝つことが出来た。

己の思うままに体を動かせば、難なく相手を倒すことが出来た。

そこには、剣法も理合いも必要としない。

己に宿る野生のままに向かえば、容易に相手を倒すことが出来た。

体の奥から沸き起こる炎で相手を包み込んでしまえばそれでよかった。

戦う前に勝負は、すでに決まっている

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【歴史短編小説】家康は関ヶ原を2度戦った~勝者を悩ます「戦後処理」~

関ケ原の戦いは、わずか1日で終結した。

徳川家康率いる東軍が石田三成率いる西軍を破った天下分け目の戦いは、慶長5年(1600年)9月15日ただ1日をもって勝敗が決した。

勝者となった家康だったが、戦いはまだ終わっていなかった。

「戦後処理」という名の、もうひとつの戦いが待っていた。

家康に味方した大名がたくさんいる。

さらに家康とは立場を異にした大名たちもいる。

彼らの処遇を判断するの

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