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【長編小説】さよならが言えたら#1

【時代背景】
江戸時代後期ごろ。(現代ではありません。また、歴史に基づいた物語ではないので、時代だけ頭に入れていただけるとすんなり読めるかと思います)

【キャラクター説明】
[桜空]
15歳。一年前事件に巻き込まれて両親を亡くす。近藤に引き取られ彼の営む剣術道場で暮らすようになる。
[総司]19歳。近藤の剣術道場に居候している。
[近藤]剣術道場を営んでいる。
[すみれ]近藤の妻。医療担当。
[敬助・三哉]
桜空と総司の友達。近藤の剣術道場に通っている。


【本文】

 「最近暑いねぇ。」
 稽古の休憩中、敬助さんが唐突に口を開いた。
 そういえばそうだ、と桜空は考える。七月の半ば、夏真っ盛りである。昼はセミがうるさいほどに鳴き、夜は星空に蛍が舞う。桜空が一人になって二度目の夏だ。

 思えば、両親の命日は一年前の、夏祭りの日だった。買い物の帰りに寄り道をして、夏祭りを見ていた。そのあとに見たものは、どうやっても消し去ることのできない凄惨な場面だった。両親の命日が夏祭りとは、とんだ皮肉だ。
「そういえば、総司、最近よく町の方にある『しずく』っていう茶屋に行ってるよね。かわいい女の子でもいるのぉ?」
 敬助さんの言葉に、耳が過敏に反応する。聴きたくないけど、聴きたくなってしまう。気づかれないように耳をそばだてる。
「いえ、決してそういうわけでは……。」
 なぜだか、いつものようなはっきりとした総司さんの声ではなく、切れ味の悪い包丁のような、そんな声だった。きっと何かあるんだろう、と邪推を繰り返し、聞かなければよかったと、今更ながら後悔する。

「お前ら、ちゃんと練習してるのか?」
 近藤さんが、重そうな竹刀をくるくると軽々回して、近づいてくる。
「し、してますっ。」
 やべぇ、と言いたげな敬助さんは、急いで練習に戻った。しかし、総司さんはぼんやりしたまま、竹刀を片手に動かない。近藤さんが、総司、と呼んでも気が付かないほどだ。近藤さんは、しめた、と言わんばかりの顔でニヤリと笑う。さながら悪だくみを思いついた子供のように。
「確か、今年は五年に一度の花火が上がる年だったな。総司、桜空、今年の夏祭り、二人で行ってきたらどうだ。」
 急にとんでもないことを言い出す近藤さん。さっきまでぼーっとしていた総司さんも、さすがに気が付いたようで、驚いている。
「どうだ、桜空。総司と一緒に夏祭り行って来たら。」
「私は、行かないほうが、いいと思います……。」
 なんだか申し訳なかった。総司さんは、きっと行きたいところがあるだろうし、自分なんかと一緒に回るなんてきっと嫌だろうと、そう思った。
 違う。それは建前で夏祭りの嫌な思い出がよみがえってくるような気がして、少し怖いだけだ。
 また夏祭りに行って、行った後に、行かなければよかったと後悔するような気がして。

「俺は構いませんよ。」
 右側から降ってきた優しい言葉。驚いて顔を上げると、柔らかく微笑んだ総司さんがいた。
 だめだ。さっきとは全然違う声。この人にはやっぱりかなわない。
 胸の奥の傷が、じくりと痛む。どうしてだろう。なぜだか、この人の言葉は、胸の奥の傷を痛ませる。

「そう、ですね…俺は……」

【告知】
次回!
 桜空と総司は一緒に夏祭りに行けるのか!?
 総司に対する桜空の気持ちの正体とは!?
 さよならが言えたら#2 お楽しみに!

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