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近世“ディア・ハンター”〜山本周五郎『樅ノ木は残った』(1958)
特に、山本周五郎のファンではなかった。ただ国民的作家ということもあり、若い頃に代表的な作品は数冊読んでいる。その後、久しく作品に接していなかったが、家内が『寝ぼけ署長』(1946〜1948)が面白いと言うので通読した。著者唯一の推理小説とのことながら、これは一種の勧善懲悪もの。主人公の警察署長のキャラクターがユニークで楽しめた。
驚異的とも言える数の作品群の中でも、代表作である『樅ノ木は残
台北90年代・時空の結節点〜楊徳昌 監督『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994)
今年2023年夏は猛暑続き。暑さには割と強い当方ながら、東京の不快指数には閉口。プール通いなどに快適感を求めている。
8月21日(月)、新宿武蔵野館にて『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994)鑑賞。4Kレストア版だが上映は2Kとある。フィルム上映を最上とする自身にとって、レストアはあくまで次善の策。修復により、ガラリと印象が変わってしまう作品もあり、名作の数々をロードショーで見ておけばよか
台湾・淡水・或る縮図〜陳坤厚 監督『小畢的故事』(1983、邦題『少年』)
今年(2023年)7月22日(土)より「新宿K’s cinema」で開催されている「台湾巨匠傑作選2023~台湾映画新発見!エンターテインメント映画の系譜~」にて、『小畢的故事』(1983、邦題『少年』)を見てきた(以下、『少年』)。
主催者側の謳い文句には、こうある。
2点ほど確認しておきたい。
まず監督は、陳坤厚(チェン・クンホウ)で、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)ではない。恥ずか
ユー・アー・マイ・エンジェル〜後藤竜二『天使で大地はいっぱいだ』(1966)
老いたら、児童文学を楽しみたいと考えていた。いつの間にか、その入り口に立っている。
後藤竜二氏の『天使で大地はいっぱいだ』は、数年前に古書店で見つけ、自宅本棚に積んでおいた。児童向けだが文庫本である。昨年2022年の6月、1週間ぐらいで読み終えた。
本稿は、その頃ほぼ書き上げていたものの、リアリズム論についてアレコレとまとまらず、1年間放り出していたものである。現時点でもリアリズム論はよ
革命フラッシュバック〜藤原伊織『テロリストのパラソル』(1995)
今年2022年5月28日、重信房子氏が東京都昭島市の「東日本成人矯正医療センター」を出所した。ついこの間のことである。
マスメディアの取り上げ方が予想以上に大きく驚いた。今の若い世代には馴染みが薄い名前であろうから、中高年を意識した報道であったのか。いや、中年世代にもピンと来ないだろう。反応するとすれば、すでに高齢者の域に入りつつある方々かと思う。
新左翼運動に限らず、革命や過激な政治活
ユートピアを捨てよ〜安彦良和『虹色のトロツキー』(1990年11月〜1996年11月)
昨年の終戦記念日前日、8月14日(土)のこと。WEB記事「朝日新聞DIGITAL」で、「日本の失敗の原因は満州から」というタイトルの漫画家・安彦良和氏のインタビューを読んだ。
安彦氏の言う満州国の建国大学(建大)設立を推進した人物の一人が石原莞爾である。『虹色のトロツキー』にもキーマンとして登場。1937年9月関東軍参謀副長に任命され、翌月には満州国新京に着任している。毀誉褒貶の激しい人物と
女たちを誘なう芳香〜フレディー・ウォン監督『酒徒』(2010)
以下は、2021年12月『香港映画祭2021』の開催に先立つ12月2日付の主催者からのお知らせである。
『香港映画祭2021』3作品上映中止のお知らせ
『香港映画祭2021』で予定をしていました『幸福な私』『暗色天堂』『深秋の愛』は、権利元の都合により、上映を中止とさせていただきます。
11月30日(火)に上記3作品の権利元より、上映許可が出せなくなったとの連絡がありました。以後、権利元との
オーム、未だ聞こえず〜コンラッド・ルークス監督『シッダールタ』(1972)
映画の話の前に、オリジナル・ストーリーについて。
原作であるヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』(1922)は、当方にとって特別な作品である。
この物語、タイトルから仏教の開祖であるゴータマ・シッダールタの伝記作品と勘違いされがちだが、主人公のシッダールタは別人。仏陀は物語中登場し、シッダールタ変貌の過程において、いわば反面教師的人物として描かれる。主人公とはあくまで異なる人物。
すな
「話」のある話〜芥川龍之介『蜃気楼 ー 続 海のほとり』(1927)
今年8月の横浜訪問は、東京西部の自宅から小田急線を使い鵠沼経由で目的地へ向かった。小田急線・鵠沼海岸駅からJR・大船駅に行き、根岸線に乗り換え横浜方面へ、という径路。鵠沼海岸駅から湘南モノレール・江ノ島駅までは徒歩となった。
鵠沼海岸駅の海側住宅地に、旅館『東屋』の跡地があることは知っていた。先を急ぐわけでもなし。跡地に建つ石碑前で数分立ち止まった。
石碑には、「文人が逗留した東屋の跡」
蛮行に震える君よ〜ルイ・マル監督『さよなら子供たち』(1987)
ルイ・マル監督をすっかり忘れていた。
出世作『死刑台のエレベーター』(1958、以下『死刑台〜』)は、かつてはビデオやレーザーディスクで繰り返し視聴。マイルス・デイビスの同名のLPレコードは、すり減るほど聴いたものだ。ノエル・カレフの原作(1956)もよかった。こういう体験は、80年代から90年代までのこと。
しかし、その斬新さに驚き、何度も見た『死刑台〜』を忘れてしまい、さらに『さよな
2021年夏 / コロナ禍の横浜を往く
8月、2年半ぶりに横浜を訪れた。
2年半は、数字としては大した年数ではない。40年ほど前、就職で横浜を離れた後も、90年代初めには東京に戻り、仕事で関内の官庁街などはよく訪れた。また、このコロナ禍前も、中華街や野毛で友達と食事したりと、同地に行く機会は多かった。今回は、コロナのせいで少々間隔があいてしまったが、目的地が藤沢市と横浜の2ヵ所だったので、鵠沼で用件を済ませた後、江ノ島から湘南モノ