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還暦超越オヤジです。勤め人生活を経て、講師業を続けています。娘にすすめられて投稿開始。…

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還暦超越オヤジです。勤め人生活を経て、講師業を続けています。娘にすすめられて投稿開始。海外旅行の趣味が昂じて、50代に2年間、中米で仕事をしました。コロナ収束後の海外渡航を計画中ながら、相変わらずの読書と映画の日常。ストーンズ、レゲエ好きのアナログ回帰人間です。

最近の記事

臨界の先〜井上靖『風濤』(1963)

 今年は、『敦煌』に続き、『楼蘭』(短編集)、『蒼き狼』、『風濤』と約50年ぶりに井上靖の「西域小説」を読み耽っている。  『風濤』は『蒼き狼』の姉妹編とも言うべき作品。両著作は、モンゴル帝国膨張に伴う、13世紀ユーラシア大陸の民族興亡を描く。漢語を練り込んだ硬質な文体を基礎に、しっかりした屋台骨によって歴史をダイナミックに再構成した小説である。  しばしば文語文が顔をのぞかせ、決して読みやすい文章ではない。特に、今の若者には難儀であろう。当方、これを中学時代に手に取った

    • 近世“ディア・ハンター”〜山本周五郎『樅ノ木は残った』(1958)

       特に、山本周五郎のファンではなかった。ただ国民的作家ということもあり、若い頃に代表的な作品は数冊読んでいる。その後、久しく作品に接していなかったが、家内が『寝ぼけ署長』(1946〜1948)が面白いと言うので通読した。著者唯一の推理小説とのことながら、これは一種の勧善懲悪もの。主人公の警察署長のキャラクターがユニークで楽しめた。   驚異的とも言える数の作品群の中でも、代表作である『樅ノ木は残った』(1958、以下『樅ノ木〜』)は気になりつつ見逃してきた歴史小説。  こ

      • 台北90年代・時空の結節点〜楊徳昌 監督『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994)

         今年2023年夏は猛暑続き。暑さには割と強い当方ながら、東京の不快指数には閉口。プール通いなどに快適感を求めている。  8月21日(月)、新宿武蔵野館にて『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994)鑑賞。4Kレストア版だが上映は2Kとある。フィルム上映を最上とする自身にとって、レストアはあくまで次善の策。修復により、ガラリと印象が変わってしまう作品もあり、名作の数々をロードショーで見ておけばよかったと悔やむ。しかし、今回の映像に不満はなかった。    台北の一時代を切り取っ

        • 台湾・淡水・或る縮図〜陳坤厚 監督『小畢的故事』(1983、邦題『少年』)

           今年(2023年)7月22日(土)より「新宿K’s cinema」で開催されている「台湾巨匠傑作選2023~台湾映画新発見!エンターテインメント映画の系譜~」にて、『小畢的故事』(1983、邦題『少年』)を見てきた(以下、『少年』)。  主催者側の謳い文句には、こうある。  2点ほど確認しておきたい。  まず監督は、陳坤厚(チェン・クンホウ)で、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)ではない。恥ずかしながら当方、侯氏監督作品と勘違いしていた。この映画は、侯孝賢が製作と脚本の任に

        臨界の先〜井上靖『風濤』(1963)

        • 近世“ディア・ハンター”〜山本周五郎『樅ノ木は残った』(1958)

        • 台北90年代・時空の結節点〜楊徳昌 監督『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994)

        • 台湾・淡水・或る縮図〜陳坤厚 監督『小畢的故事』(1983、邦題『少年』)

          砂塵に霞む文字〜佐藤純彌 監督『敦煌』(1988)

           今年2023年7月19日のWOWOW放映で、日本映画『敦煌』(1988)を見た。1988年と言えば、我が国はバブル経済の真っ只中。制作を決定した70年代から10年以上を経て、80年代終盤に完成とのこと。費用も、35億円と巨額に膨れ上がったという。    ただし、本作視聴は当方初めて。というのは、公開当時から昨今まで、巷の映画評が余り芳しくないとの印象を持っていたからだ。  遅ればせながら、感じたことなど。  映画は思ったほど悪くなかった、というのがザックリとした感想。

          砂塵に霞む文字〜佐藤純彌 監督『敦煌』(1988)

          マテリアル弁証法〜松本清張『白と黒の革命』(1979)

           松本清張『白と黒の革命』(1979)は、1978年に起きたイラン革命を題材にしたドキュメンタリー風作品である。この革命、当方が大学受験を間近に控えた冬に勃発した世界的大事件であった。  本作品、清張が国内推理モノから国際サスペンスへの拡がりを志向した意欲作の一つと言えるものの、決して成功作とは思えない。この点は、始めに押さえておきたい。  それでも随所に、この作家の視座や行動力が垣間見えるところは興味深い。また、イスラム教国家の復古的為政の描写に、ハッとさせられるところ

          マテリアル弁証法〜松本清張『白と黒の革命』(1979)

          ユー・アー・マイ・エンジェル〜後藤竜二『天使で大地はいっぱいだ』(1966)

           老いたら、児童文学を楽しみたいと考えていた。いつの間にか、その入り口に立っている。  後藤竜二氏の『天使で大地はいっぱいだ』は、数年前に古書店で見つけ、自宅本棚に積んでおいた。児童向けだが文庫本である。昨年2022年の6月、1週間ぐらいで読み終えた。  本稿は、その頃ほぼ書き上げていたものの、リアリズム論についてアレコレとまとまらず、1年間放り出していたものである。現時点でもリアリズム論はよく理解できていないと思うが、敢えて文章を公開する。    本作品、今日でも鑑賞に

          ユー・アー・マイ・エンジェル〜後藤竜二『天使で大地はいっぱいだ』(1966)

          光源よ〜連城三紀彦『瓦斯灯』(1983)

           2021年12月28日、連城三紀彦の子猫にまつわるエッセイについて感想を書いた。  訂正したい。  1985年頃にこの作家の名前を初めて聞いたと書いたが、これは間違い。もっと早く、1980年、81年頃だった。  その2年は、当方の大学3、4年次に当たる。ゼミの友人から、「『暗色コメディ』と『変調二人羽織』が凄い」と、聞かされたのだった。  聞き流したから、そのうち忘れてしまったのだと思う。40年も経って、ふと場面が甦った。  ところで、『変調二人羽織』を含む愛読した講談社版

          光源よ〜連城三紀彦『瓦斯灯』(1983)

          革命フラッシュバック〜藤原伊織『テロリストのパラソル』(1995)

           今年2022年5月28日、重信房子氏が東京都昭島市の「東日本成人矯正医療センター」を出所した。ついこの間のことである。  マスメディアの取り上げ方が予想以上に大きく驚いた。今の若い世代には馴染みが薄い名前であろうから、中高年を意識した報道であったのか。いや、中年世代にもピンと来ないだろう。反応するとすれば、すでに高齢者の域に入りつつある方々かと思う。  新左翼運動に限らず、革命や過激な政治活動は日本の歴史上でも珍しくはない。明治維新がそうであるし、日本共産党も革命政党で

          革命フラッシュバック〜藤原伊織『テロリストのパラソル』(1995)

          ユートピアを捨てよ〜安彦良和『虹色のトロツキー』(1990年11月〜1996年11月)

           昨年の終戦記念日前日、8月14日(土)のこと。WEB記事「朝日新聞DIGITAL」で、「日本の失敗の原因は満州から」というタイトルの漫画家・安彦良和氏のインタビューを読んだ。  安彦氏の言う満州国の建国大学(建大)設立を推進した人物の一人が石原莞爾である。『虹色のトロツキー』にもキーマンとして登場。1937年9月関東軍参謀副長に任命され、翌月には満州国新京に着任している。毀誉褒貶の激しい人物として知られるが、教科書的な説明は省く。  その石原莞爾には、『最終戦争論』と言

          ユートピアを捨てよ〜安彦良和『虹色のトロツキー』(1990年11月〜1996年11月)

          女たちを誘なう芳香〜フレディー・ウォン監督『酒徒』(2010)

           以下は、2021年12月『香港映画祭2021』の開催に先立つ12月2日付の主催者からのお知らせである。 『香港映画祭2021』3作品上映中止のお知らせ 『香港映画祭2021』で予定をしていました『幸福な私』『暗色天堂』『深秋の愛』は、権利元の都合により、上映を中止とさせていただきます。 11月30日(火)に上記3作品の権利元より、上映許可が出せなくなったとの連絡がありました。以後、権利元との協議を重ねておりましたが、権利元の社内決議にて『香港映画祭2021』への『幸福な

          女たちを誘なう芳香〜フレディー・ウォン監督『酒徒』(2010)

          子猫の記憶〜連城三紀彦『一瞬の虹』(1990)

           連城三紀彦を愛読していた時期があった。   1980年代後半のことである。  まるで歌手のような、その名前を初めて耳にした時のシーンを、今でもはっきり思い出すことができる。85年頃だった。  当方は20代半ば。九州の地方都市で新入社員の生活を送っていた。とりあえず格好だけはビジネスマン。少し当時の日本経済を思い起こすと、入社した80年代前半は自動車・家電などの工業製品の輸出が伸びた時代だった。就職前の北米旅行時は、日米貿易摩擦が激化しており五大湖周辺などでは日本人に対

          子猫の記憶〜連城三紀彦『一瞬の虹』(1990)

          オーム、未だ聞こえず〜コンラッド・ルークス監督『シッダールタ』(1972)

           映画の話の前に、オリジナル・ストーリーについて。  原作であるヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』(1922)は、当方にとって特別な作品である。  この物語、タイトルから仏教の開祖であるゴータマ・シッダールタの伝記作品と勘違いされがちだが、主人公のシッダールタは別人。仏陀は物語中登場し、シッダールタ変貌の過程において、いわば反面教師的人物として描かれる。主人公とはあくまで異なる人物。  すなわち、ヘッセは仏教に傾倒しつつ、“別の道”を探るのである。敢えて紛らわしいタイト

          オーム、未だ聞こえず〜コンラッド・ルークス監督『シッダールタ』(1972)

          「話」のある話〜芥川龍之介『蜃気楼 ー 続 海のほとり』(1927)

           今年8月の横浜訪問は、東京西部の自宅から小田急線を使い鵠沼経由で目的地へ向かった。小田急線・鵠沼海岸駅からJR・大船駅に行き、根岸線に乗り換え横浜方面へ、という径路。鵠沼海岸駅から湘南モノレール・江ノ島駅までは徒歩となった。  鵠沼海岸駅の海側住宅地に、旅館『東屋』の跡地があることは知っていた。先を急ぐわけでもなし。跡地に建つ石碑前で数分立ち止まった。  石碑には、「文人が逗留した東屋の跡」との刻字。横に立つ説明板には、2001年3月の藤沢市教育委員会の解説が。 「明

          「話」のある話〜芥川龍之介『蜃気楼 ー 続 海のほとり』(1927)

          蛮行に震える君よ〜ルイ・マル監督『さよなら子供たち』(1987)

           ルイ・マル監督をすっかり忘れていた。  出世作『死刑台のエレベーター』(1958、以下『死刑台〜』)は、かつてはビデオやレーザーディスクで繰り返し視聴。マイルス・デイビスの同名のLPレコードは、すり減るほど聴いたものだ。ノエル・カレフの原作(1956)もよかった。こういう体験は、80年代から90年代までのこと。  しかし、その斬新さに驚き、何度も見た『死刑台〜』を忘れてしまい、さらに『さよなら子供たち』(1987、以下『さよなら〜』)は作品タイトルこそ記憶にとどめていた

          蛮行に震える君よ〜ルイ・マル監督『さよなら子供たち』(1987)

          2021年夏 / コロナ禍の横浜を往く

           8月、2年半ぶりに横浜を訪れた。  2年半は、数字としては大した年数ではない。40年ほど前、就職で横浜を離れた後も、90年代初めには東京に戻り、仕事で関内の官庁街などはよく訪れた。また、このコロナ禍前も、中華街や野毛で友達と食事したりと、同地に行く機会は多かった。今回は、コロナのせいで少々間隔があいてしまったが、目的地が藤沢市と横浜の2ヵ所だったので、鵠沼で用件を済ませた後、江ノ島から湘南モノレールに乗り、大船経由でもう一つの目的地である港南区の笹下に向かった。同地は、実

          2021年夏 / コロナ禍の横浜を往く