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#眠れない夜に

夜の図書館 (掌編小説)

夜の図書館 (掌編小説)

#オールカテゴリ部門

もし、本に意識というものがあったとしたら?
午後7時、出入り口の施錠を終えた職員達が、
次々と出て行く。
その後、責任者の職員が館内の最終チェックを終えて出て行くと、図書館は無人状態となる。
時折、幹線道路を通り過ぎる車の音が聞こえるくらいで、館内はしんとした静けさに満ちている。

不意にどこからか、ぼそぼそと話し声が聞こえてきた。
「連日、猛暑なのに毎日ぎゅうぎゅう詰めに

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雪中に果つ 3(小説)

雪中に果つ 3(小説)

#オールカテゴリ部門

酷く寒気がした。
体の芯が冷え切っているようだ。
そして、何だかムカムカする。気持ち悪い。
理由は分からない。
すると、今度は頭部に鈍い痛みを感じた。
この具合の悪さは何が原因なのか?
寒さに耐えきれず目蓋を開けようとするが、意思に反してなかなか開けない。
でも体が、本能が、覚醒を促している。
そして重い目蓋を、やっとの思いで開けた。
視界は、真っ白だった。
顔に、何やら冷

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雪中に果つ 2(小説)

雪中に果つ 2(小説)

#オールカテゴリ部門

昨夜から降り続いた雪のせいで、道路の除雪が追いついていないようだ。
裕二は慎重に運転しているが、所々道路がでこぼこになっているため、何度かハンドルを取られそうになった。
その度に、真紀はハッとする。雪道で車が制御不能となり、ガードレールや木に激突して命を失うのは
避けたい。そんな死に方は嫌だ。理想の死とかけ離れている。

やがて、前方に通行止めのフェンスが見えてきた。
ここ

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恋愛がテーマの映画をカップルで鑑賞すると、2人の絆は深まる?

恋愛がテーマの映画をカップルで鑑賞すると、2人の絆は深まる?

鑑賞する前から、かなりの感動は得られるだろうと予測していた。そして、それは的中した。

気づくと場内のあちこちから、すすり泣きが聞こえてくる。
私は、そっと隣の彼を盗み見る。
すると、彼の目が心なしか潤んでいるように見えた。
私の視線に気づいた彼が、ちょっと照れたように微笑んだ。

映画ゴーストは、1990年に公開。
主演はデミ ムーア、パトリック スウェイジ。
ニューヨークで陶芸家の恋人と暮らす

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深海 (掌編小説2000字のホラー)

深海 (掌編小説2000字のホラー)

もう、何も見たくない。
何も聞きたくない。
何も考えたくない。
何も感じたくない。
無、になりたい。

早朝、私は船の甲板から眼下を見下ろす。
そこにあるのは群青色の海面。
潮の流れが激しいのか、所々渦を巻いている。
凝視していると、吸い込まれていくような感覚に陥った。

(あそこに飛びこめば、楽になれるだろう。
寂しさと苦しみから開放される)

飛び込んだ後、しばらくは苦しいかもしれないが、

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消えた、ジミー・ペイジ [短編小説]

消えた、ジミー・ペイジ [短編小説]

寝苦しい夜だった。
夜間でも、気温は25度を下回らず湿度も高い。
扇風機は室内の生暖かい空気をかき混ぜているだけで、いっこうに涼しさは感じられない。
さっき入浴したばかりなのに、既に肌が汗ばんでいるようだ。

なかなか寝付くことができず、私は寝返りを打つ。
溜め息をつき、薄く目蓋を開く。
月明かりのせいで、室内はぼんやりとした仄暗さだ。
暗がりの中でも、タンスや本棚の輪郭がおぼろげに分かる。

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宙ぶらりん [短編小説]

宙ぶらりん [短編小説]

激しく窓を叩く雨音。
部屋中がざわめく。
こんな嵐の夜は、自分は地球上に取り残された
唯一の人間のように思えてくる。
全人類が死に絶え、自分1人だけが生き残った
ような感覚。

孤独で不安な夜に、私は彼を想う。
心の中で問いかける。
生きてる?

それを、確かめる術はない。
ただ、問いかけることしかできない。

例えば、もし、呼吸もままならないほど
痛みに耐えきれないほどの病に伏してるとしたら

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カッコウ

カッコウ

今年もまた、カッコウが鳴いてるよ。
カッコウ、カッコウ、って一生懸命鳴いてるよ。
母さん、聞こえる?

「カッコウは、カッコウって鳴くから、カッコウっていう名前なの?」
小学生だった私は、母に尋ねた。
「そうかもしれないね」
母は微笑んだ。

カッコウの鳴き声は、初夏の便り。
毎年、5月の中旬を過ぎると、実家の裏山で
美声を響かせる。

【カッコウ、カッコウ、カッコウ、
カッ! カッ! カッ! カ

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かげろう

かげろう

私は、かげろう。

イヤ、偽物のかげろうだ。

生まれるや否や、時の渦に呑み込まれ

あたふたしながら、死へとまっしぐら。

つい、この間、成人式を終えたと思ったら

そろそろエンディングノートを準備しなければ

いけない年齢にまで達した。

本物のかげろうは私に比べ

ちゃんと(人生?)を全うしている。 

脱皮し、パートナーを見つけ 

産卵し、使命を全うし

やがて死に至る。

その間、たっ

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拭えない 消えない

拭えない 消えない

油断すると、あいつはすぐさま

心の隙間に忍び込む。

「あっちに行ってよ!」

追い払っても

飼い犬のようにすり寄ってくる。

それは、未来への漠然とした不安。

芥川龍之介が自ら命を断った理由も

ぼんやりとした不安が原因だったとか。

私は溜め息をつく。

拭っても、拭っても消えない不安。

Tシャツに過ってつけてしまった口紅を

何度も擦って拭おうとしても、なかなか取れずに

擦っている

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命 尽きる前に

命 尽きる前に

まだ、その肉体を脱ぎ捨てないで

そこに、とどまっていて。

永遠に、目蓋を閉じてしまう前に

一瞬でいいから

その眼差しを私に向けて。

私を、見て。

「ねぇ、愛してる?」

喋ることが無理なら

あなたも私を愛してるなら

一度だけ、瞬きして。

それが、あなたの愛してるの合図だと

受け取るから。

彼は重い目蓋を引き上げ

少し眩しそうにしながら

瞳を、私に向けてくる。

そして、ゆ

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去り行く者  残される者

去り行く者  残される者

乗っていた船が浸水し、まもなく沈没するであろうと察した夫から、妻の元に電話がかかってきた。
夫は言った。
「今まで、ありがとう」

これは、先日の新聞に乗っていた記事です。

知床半島沖で起きた遭難事故で沈みかかった観光船から、74歳の男性が妻に電話をかけた。その胸中を想像すると、胸が押しつぶされそうになる。
電話をかけた男性は、沈み行く船に恐怖を感じながら、もしかしたら今まさに、自分の人生が幕を

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目が見えるのは当たり前?

目が見えるのは当たり前?

【一瞬でいいから、0,1秒でいいから、
夫、我が子、両親の顔が見たい。
死ぬまでに、一目でいいから見てみたい。】

ある動画で聞いた、生まれた時から全盲だった女性の言葉です。

一瞬でいいから、愛する人達の顔を見てみたい。
そんな女性の願いに、心が激しく揺さぶられました。

ずっと、色彩のない世界で暮らしてきた女性の
唯一の望みが、これから叶うことがあるだろうか?
今後、医学か進歩したら叶う可能性

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忘れない 忘れたくない

忘れない 忘れたくない

未曾有の東日本大震災に対して、節目という言葉を用いるのはどうなんだろう。
節目だから、何か変化した、悲しみが癒えた、
というわけではないと思うのだが。

昨年、震災から10年が経ち、1つの節目を迎えました、と新聞やテレビで報道していた。
肉親を失った遺族や、家や仕事を失った被災者達がインタビューを受けていた。
皆、一様に同じことを言っていた。

10年経ったからといっても、気持ちは変わらない。

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