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#日記
日記を書いたことがないと気付いた日に。
私は日記を書いたことがない。それに気付いたのは誰かの日記を読んだからかも知れない。
一日に起きたことを書けば良いのだろうか。書いてみようと思ってこんなに悩むとは思わなかった。
最近のことを考える。今したいことをじっくり考える。自分が書きたいものに思考出来る時間が少ない時には、無理に創作しないと決めている。
私は、人よりずっと遠回りだしゆっくりの人生だからだ。タイミングを待てばいい。さんざん焦
1972年の時代評論は、めぐりめぐって私に届く
めぐりめぐってなんてお言葉は、都合の良いお言葉でございます。ですが、そういう場合も世の中には、めぐりめぐってあるんでございます。
まったく予定にない本を読みました。どうして私が出会うことになったのか。物語は複雑な経過を辿ります。
思い返せば2月下旬、一つの記事がアップされました。
私は、この記事の文字の裏にある夫婦の愛情の交換に思いを馳せ、半ば羨望の眼差しを向けながら、「共通の趣味でケンカ
探偵は、語る。その軀から語る新たなる高みを。
先日、盛大に反省した私は、次なる高みへ向かうべく歩を進めた。
私の心の高みとは一段一段が、その素人目にはとても理解し難い作りになっている。心のバリアフリー化が先進的に進んでいるのである。
ソコに段差という障害が真に存在するのかを確認する方法として確実なのは、足を滑らせて引っ掛かりがあるか、その感触のみで感じるという方法が有効とされている。
一言で言うなれば、自分に優しく出来ている。また、直ぐ
彼に傷付けられながら、授けた仕事と価値の人生訓。
会社の後輩と片道90分ほどかかる場所へ向かう事になった。彼は、私をnoteに誘った男だ。彼は、車の鍵を私に渡すとこう言った。
「コニシさん。自分、車30分以上運転すると疲れちゃうんで、運転してもらっていいですか?」
彼は私が疲れる事を、その事実はまるで存在しないかのように、一瞬の澱みもなく言いきった。
私は、鍵を受け取るという選択をせざるを得なかった。
横須賀に向かう車は、湘南海岸を右手に
あげる御守あれば、もらう御守あり。
晴れて自宅療養が終了し、昨日から職場復帰をしました。
一週間とちょっとの間、重力に抗わずにゴロゴロ転がって生活していたせいか、久々に体全体に感じる〈G〉に、「私って本当にこの地球上に立っているのね。生きるってこんなにもしんどいことのかしら」と改めて思った次第です。
さて、そんな昨日は不思議な日でありました。
御守りを贈り、贈られた日。
始まりは、3日前のこと。
以前もどこかで触れた気がしま
胸に残る弾痕と女スナイパー
【韓国ばなし】
私が彼とお付き合いを始めたのは、私が韓国語を独学で始めて1年目、なので、私が新卒で救命センターに配属され、初めての夜勤に右往左往していた頃のことで、それは今から19年前のことだった。
「このままだったら仕事に飲まれて、私はダメになってしまうかもしれない」
心を守る防御装置が働いた。
病院、看護師、死、やるせなさ…といった当時の日常とは全く別の「打ち込める何か」を探していた私は、
隙間のスキマの好き魔
【アサミの刄】
尻をねじ込む。
尻と尻との隙間に。
分厚いクッションとクッションの隙間に身をうずめるように、肉厚の尻をねじ込む。
「今日も成功したわ。こんな隙間ばかり狙ってる私って、ほんとに好き魔ね」
朝の混み合った地下鉄の中で、まだ3割ほど寝ぼけた脳が高揚感に包まれる。
通勤で地下鉄を利用している。
始発の次の駅だというのに、車内は混み合い、座席はほぼ埋まっている。
しかし「ほぼ」な
口吻に興奮してフフン。見失って悲憤。
【昆虫エッセイ】
公園の中心にある広場を抜け、山へと続く散策路に差し掛かった。
左右から覆いかぶさる木々のアーチをくぐると、さっきまで体いっぱいに浴びていた陽の光が、今度は私の体から木の間を抜けてスルリ空へと立ち昇っていくように煌めき、影となり、辺りをまだら模様に染めていた。
空気の中をたゆたう光線につられて空を仰ぐ。
私の身長の倍以上ある枝の上。
柏の大きな葉の上の、小さな何かが、そこだ
ディ、ディ、ディフェンス🎵
私は人生に於ける防衛が一番難関だと思っている。何かを守る。これは、自ずと自分以外の何かが作用してくるからだ。
例えば、順番を守る。ソーシャルディスタンスが当たり前になっている昨今。何かに並ぶ時に起こる空間を死守するのに必死になる。
「あ、並んでました」
私ほどの人見知りになると、生まれついての小声で、さらにマスク越しで、喋っても全く目が笑っていないため全然相手に伝える事が出来ない。
寧ろ何