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胸に残る弾痕と女スナイパー

【韓国ばなし】
私が彼とお付き合いを始めたのは、私が韓国語を独学で始めて1年目、なので、私が新卒で救命センターに配属され、初めての夜勤に右往左往していた頃のことで、それは今から19年前のことだった。

「このままだったら仕事に飲まれて、私はダメになってしまうかもしれない」

心を守る防御装置が働いた。
病院、看護師、死、やるせなさ…といった当時の日常とは全く別の「打ち込める何か」を探していた私は、本屋で手に取った「韓国語入門」の中の、記号みたいな文字「ㅇㅁㅡ」ハングルを読んでみたい、という目標を胸に密かに抱いたのだった。

不規則な仕事のため教室には通わず、テキストを数冊買い込んで毎日少しずつ勉強した。
アルファベットのように、みんなが知っている文字ではなく、ほとんど誰も読むことのできないハングルを少しずつ読めるようになる喜びというのは格別で、やればやるほどグングン実力が伸びるのを感じた。

それでもやはり独学には限界があって、一人で解決できないことがあると、インターネット上の語学コミュニティ内で質問するようになった。
そこで仲良くなった数人の韓国人のうちの一人、が彼だった。

彼が北海道に遊びに来たとき。
私がソウルに遊びに行ったとき。
お互いに拙い韓国語/日本語で案内しあって、それを何度か繰り返すうちに、海を越えた遠距離恋愛が始まった。

あれは、付き合いたての夏のことだったと思う。
ソウルの夏は本当に暑い。
空港にピックアップに来てくれた彼と一緒にホテルにチェックインすると、「出かける前にちょっと汗を流したい」と、着ていたタンクトップを脱ぎ始めた。

いくら上半身とはいえ、素肌を真正面から見てはいけない気がした私は、何気なく目線を逸らして彼の肩越しから遠くを眺めた。

と、彼の肩に白い部分が目に入った。それは、直径約2cmのいびつな円形をしていて、よくよく見ると、その斜め下の大胸筋が盛り上がった部分にも、尾を引いた白い彗星のような跡があった。

「これなぁに?」
指をさしながら質問した私に返ってきた答えは、もうこの先の人生で恐らく二度と誰からも聞くことがないであろう言葉だった。

「これは、流れ弾に当たったんだ」

流れ弾?銃弾?撃たれたの?いつ?なんで?
質問が機銃掃射のようにいくつも飛んだ。

話を聞くと、彼は韓国の軍隊の中でも最も訓練が厳しく、人間兵器を作る部隊とも言われている「海兵隊」の出身だった。

言わずとも知れているが、韓国と北朝鮮の戦争はまだ終わっていない。
休戦状態、なのである。

そのため成人男子には兵役が課せられ、彼の時代では2年2ヶ月もの間、大学を休学して軍に服務しなければならなかった。
(現在は服務期間が短くなっている)

その過酷な訓練中に流れ弾に当たった、というのである。
確かに、言われてみたらそれは「ケンシロウの胸に残るアレ」とよく似ていた。
彼から聞く訓練の様子は、驚きの連続だった。

催涙ガスが充満した小屋に、ガスマスクなしで放り込まれ、ひたすら我慢させられる。
途中で小屋を出ようものなら、鬼教官に引き戻される。

30kg以上の軍備をつけたままの40kmの夜間行軍。マイナス20℃を下回る真冬でも、真夏でも、雨が降っていても行われる行軍は、軍靴の中で足裏の皮が全てズル剥けになるらしい。

異世界としか思えない、こんな軍隊話を聞くのが好きだったが、どうやら韓国の女性は男たちの軍隊武勇伝には飽き飽きしていて、真剣に聞いてくれないらしい。
彼はいつも目を輝かせながら話してくれた。

そんな彼とデートで訪れた実弾射撃場
きっと、海兵隊のスゴさと射撃の実力を私に見せたかったのだと思う。

自分の好きな銃で、持ち弾は10発。

私は、警察でも採用されている一般的な38口径を選んだ。
彼は、それよりも少しゴツい45口径。

「こうやって撃つんだよ」
レクチャーしてくれるスタッフの声掛けを軽く受け流した彼は、私に見せつけるように的を立て続けに撃ち抜いた。

耳あてをつけているのに脳まで響く銃声。
体の芯に響く振動。

私の番になった。
両手で支えていても、気を抜くと銃口がお辞儀をしてしまいそうになるのを、グッと引き締め、的を狙う。

ここだ、という頃合いで引き金を引く。
反動が先に腕から肩へ、肩から体幹へと伝わり、その後を追って振動が全身に広がる。
狙いを定めて、10発撃ち終わった。
快感だった。

撃ち抜いた的がスタッフの手によってそれぞれ外され、何やら計算をしている。

彼の命中率:88%
まぁまぁの腕前のようだ。

私の命中率:94%
彼は明らかに悔しそうな表情を浮かべており、一方の私はこれでもか、というくらい得意顔をしていた。

なんのはなしですか

そんなバツの悪そうな顔をした彼に気付かない射撃場のお兄さんが、私を拍手で讃えて「女スナイパーになれるよ!」と太鼓判を押してくれたはなし。

負けず嫌いな私は、彼が得意げに「こうやって撃つんだよ」と言っている時点から「絶対負けねぇ」と決めていたはなし。

転職するなら得意を仕事に活かせるそっち方面がいいかもしれない。

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