私は、フラリと訪れた古びた宿を気に入って、もう一週間も投宿している。この宿は、客に諂(へつら)うでもなく、バカ丁寧に応対するでもなく、いい感じに放っておいてくれ…
暗闇の中、私は手探りで 寝室の枕元の電気スタンドを点灯した。窓の向こうで何かが動いた。いや 動いた気がした。私は、正体を確かめるため ベッドから起き出し 足音を立…
今 私の前には、一冊のダイアリーがある。このダイアリーには、私の人生の全てが詰まっているといっても過言ではないだろう。そのダイアリーには、あの出来事が赤裸々に…
その家は、いつも雨戸が閉まっていた。家の中から人が出てくるのを、私は一度も見たことがなかった。だがその家には、年配の女性が一人で住んでいた。私の好きなアイドル…
ある金曜日の仕事帰りのこと。真っすぐに家に帰りたくなくて、私は一人で遊園地へと向かった。同僚を誘おうかと思ったが、何となく今日は一人でいたい気分だった。別に、…
「もういいかい」和斗が言った。「まぁだだよ」ボクが言った。「もういいかい」和斗が言った。「まぁだだよ」ボクが言った。「もういいかい」3度目の和斗の声は、少し強…
薄桃色の夕暮れが、私に向かって押し寄せてくる。私はある記憶を思い出し 息苦しくなって、深呼吸をした。1回、2回、3回。私は 幼い頃に母に手を引かれてみた夕焼け空を…
私は独り、京都の とあるお寺に来ている。ここには、3年前にも訪れたことがある。以前と違うのは、その時は彼と一緒で今は独りだということ。 あの頃の私は、幸せに満…
長年付き合っていた彼と別れた。日本にいると色々な日本語(声)が聞こえてきて煩わしかったので、海の向こう フランスへと渡った。何故フランスに行ったのか。そこまで明…
一雨ごとに、寒さが増して来た。この分では、今年も相当量の雪が降るかもしれない。北のこの地に越して来て1年になるのだが、寒いのには なかなか慣れない。寒がりの私が…
この広い世界の中で、あなたと私が巡り合えたことは奇跡。あなたと同じ時代(とき)に生きることが出来て、私は何と幸せ者なの!あの日、あの時、あの場所へ行かなければ、…
私は 詩人でもなければ作家でもない。したがって どれほど美しい景色を見たとしても その美しさを100%伝えることが出来ない。そして自分の思いを伝えることさえ上手く…
金木犀の咲く季節に、私はあなたに恋をして、それから2年後の金木犀の咲く季節に、私は恋を失った。私の恋は、金木犀とともに育ち、金木犀とともに熟し、そして金木犀と…
ボクには、5つ年上のお兄ちゃんがいた。でも 今はいない。ボクのお兄ちゃんは生まれて来ることが出来なかった。だから、お兄ちゃんには名前がない。お母さんの体から出て…
ある秋の休日の昼下がり。恵茉(えま)は駅前のスーパーへ買い物に行くため、最寄り駅までの道のりを歩いていた。その日は、時間のある時だけ通る 狭い道を通った。 す…
きっかけはリンゴだった。キッチンにあったリンゴが、あまりにもいい色をしていたので、私は嫁に「おい、ちょっと これ借りるぞ」そう言って、リンゴを片手に名ばかりの…
ヒナドレミ
2024年1月13日 10:11
私は、フラリと訪れた古びた宿を気に入って、もう一週間も投宿している。この宿は、客に諂(へつら)うでもなく、バカ丁寧に応対するでもなく、いい感じに放っておいてくれるのがいい。宿の外観や食事は質素だが 素朴でいいし、部屋も造りは古いが、清潔で落ち着く。まるで実家の自分の部屋にいるようだ。ただし、私の部屋より余程キレイだった。 普段は出不精の私が、ある時 無性に旅をしたくなった。何故なのかはまるで
2024年1月6日 09:15
暗闇の中、私は手探りで 寝室の枕元の電気スタンドを点灯した。窓の向こうで何かが動いた。いや 動いた気がした。私は、正体を確かめるため ベッドから起き出し 足音を立てないようにして その『何か』のいる方へと進んでいった。そしてレースのカーテンの隙間から外を覗く。常夜灯の青白い光の下、そこにはいつもと変わらぬ景色があった。(確かに 何かが動いたのに・・・)私は不思議に思ったが、変な生き物がいるよりは
2023年12月30日 09:33
今 私の前には、一冊のダイアリーがある。このダイアリーには、私の人生の全てが詰まっているといっても過言ではないだろう。そのダイアリーには、あの出来事が赤裸々に書かれている。もちろん、それを書いたのは私だ。 そう、あの出来事は、私の人生を大きく変えてしまうくらい、すごい出来事だった。今思い出してもゾッとする。消してしまえるのなら、あの記憶を一切消してしまいたい。だがそれは叶わぬこと。そのダイア
2023年12月23日 09:37
その家は、いつも雨戸が閉まっていた。家の中から人が出てくるのを、私は一度も見たことがなかった。だがその家には、年配の女性が一人で住んでいた。私の好きなアイドルと同じ苗字で、何となく気にしていたのだ。 小説家の私が、気分転換に散歩に出かけた朝のこと。その家の辺りで「あれぇぇ・・・」と声がしたかと思うと、ガタンと大きな音がした。私はすぐに、玄関先へと向かい、大声で「どうかしましたか?」と尋ねた。
2023年12月16日 09:38
ある金曜日の仕事帰りのこと。真っすぐに家に帰りたくなくて、私は一人で遊園地へと向かった。同僚を誘おうかと思ったが、何となく今日は一人でいたい気分だった。別に、ジェットコースターに乗りたいわけでも、絶叫マシンに乗りたいわけでもなかった。ただ人込みに紛れていたい、そんな気分だった。その他大勢のうちの一人でいたかった。賑やかな園内の喧騒が、丁度よいBGMとなって私の耳に伝わってくる。 人込みの中、
2023年12月9日 09:33
「もういいかい」和斗が言った。「まぁだだよ」ボクが言った。「もういいかい」和斗が言った。「まぁだだよ」ボクが言った。「もういいかい」3度目の和斗の声は、少し強めだった。「もういいよ」ボクは言った。 ボクと和斗は、空き地でかくれんぼをしていた。ボクは、空き地の隅っこの木の茂みに隠れていた。かくれんぼが始まってすぐに、和斗はボクの目の前に来た。(あっ、見つかる!!)ボクは思った。でも和斗は、ちょ
2023年12月2日 09:53
薄桃色の夕暮れが、私に向かって押し寄せてくる。私はある記憶を思い出し 息苦しくなって、深呼吸をした。1回、2回、3回。私は 幼い頃に母に手を引かれてみた夕焼け空を思い出したのだった。 ある時、薄桃色の空の下で、母が言った。「なっちゃんに、新しいお父さんができるのよ」薄桃色の空を見ると、今でもその時の母の言葉が蘇る。 私(菜月美・・・なつみ)の両親は、私が幼い頃に離婚し、私が3歳の
2023年11月25日 09:38
私は独り、京都の とあるお寺に来ている。ここには、3年前にも訪れたことがある。以前と違うのは、その時は彼と一緒で今は独りだということ。 あの頃の私は、幸せに満ち溢れていた。だからあんなことになるとは、夢にも思っていなかった。幸せの絶頂から一気に奈落の底にでも落ちたような感じだった。 彼が突然 私の前から消えてしまったのだ。あの京都旅行の直後だった。彼自身の意思で消えたのか、何物かが関与し
2023年11月18日 09:53
長年付き合っていた彼と別れた。日本にいると色々な日本語(声)が聞こえてきて煩わしかったので、海の向こう フランスへと渡った。何故フランスに行ったのか。そこまで明確な理由があったわけはないが、強いて言えば フランス語の持つ柔らかな響きに 救いを求めていたのかもしれない。柔らかなフランス語の聞こえる街を歩けば、私のこの傷ついた心が癒やされるかもしれないと思った。 英語圏の国では、知っている単語
2023年11月11日 09:53
一雨ごとに、寒さが増して来た。この分では、今年も相当量の雪が降るかもしれない。北のこの地に越して来て1年になるのだが、寒いのには なかなか慣れない。寒がりの私が この地に越してきたのは、夫が友人の別荘を譲り受けたためだ。 庭のガラス戸を開け、外に出る。思った以上に寒くて、上着を取りに一度部屋へと戻った。上着を着て、再度 庭に出ようとした。庭の芝生に、茶色い色をした鳥が一羽いた。一瞬スズメかと
2023年11月4日 09:37
この広い世界の中で、あなたと私が巡り合えたことは奇跡。あなたと同じ時代(とき)に生きることが出来て、私は何と幸せ者なの!あの日、あの時、あの場所へ行かなければ、あなたと出会うことはなかった。使い古された言葉だけど、それはまるで 神様がくれた偶然という名の必然だったのかも。私たちは、出会うべくして出会ったのかもしれないね。 あなたと見る景色は、一人で見る何倍も美しく見えたし、あなたと聴く音楽
2023年10月28日 10:01
私は 詩人でもなければ作家でもない。したがって どれほど美しい景色を見たとしても その美しさを100%伝えることが出来ない。そして自分の思いを伝えることさえ上手く出来ない。そんな自分が 時々とても歯がゆくなる。 私の貧困なボキャブラリーを酷使して、ある時私は文章を書いてみることにした。小説とも言えず、そうかと言って詩でもない。随筆に近いものなのかもしれない。思いついたままに、文章を羅列してみ
2023年10月21日 09:25
金木犀の咲く季節に、私はあなたに恋をして、それから2年後の金木犀の咲く季節に、私は恋を失った。私の恋は、金木犀とともに育ち、金木犀とともに熟し、そして金木犀とともに散った。オレンジ色の小さな小花が多数 集まった花、金木犀。金木犀の香りはとても甘やかで、まるで蜜のたっぷり入ったパンケーキのよう。 そんな金木犀の咲く10月に、私たちは出会った。あの頃は、金木犀の香る小径を 手を繋いで歩いたっけ。
2023年10月14日 10:07
ボクには、5つ年上のお兄ちゃんがいた。でも 今はいない。ボクのお兄ちゃんは生まれて来ることが出来なかった。だから、お兄ちゃんには名前がない。お母さんの体から出てくる前に、天国に行ってしまったんだ、まだ名前がないうちに。 お母さんからその話をきいたボクは(お兄ちゃんに名前がないのはかわいそう)と思った。そしてボクはお兄ちゃんの名前を考えた。3日くらい悩んで、やっと決めた。お兄ちゃんの名前は『す
2023年10月7日 10:05
ある秋の休日の昼下がり。恵茉(えま)は駅前のスーパーへ買い物に行くため、最寄り駅までの道のりを歩いていた。その日は、時間のある時だけ通る 狭い道を通った。 すぐ隣が公園になっていて、その公園に 女児・・・4歳くらいだろうか・・・が一人で遊んでいた。(あの子、一人で大丈夫かな?)そう思った私は、女の子に声をかけようと、公園内へと歩いて行った。そして私は、女の子の前にしゃがみ込み「こんにちは」と
2023年9月30日 10:11
きっかけはリンゴだった。キッチンにあったリンゴが、あまりにもいい色をしていたので、私は嫁に「おい、ちょっと これ借りるぞ」そう言って、リンゴを片手に名ばかりの書斎へと入っていった。 初めは、リンゴの絵を描く気など毛頭なかった。たまたまデスクに置いてあったメモ用紙が目に入ったので(描いてみるか)と思った。その絵(デッサンだが)を嫁に見せたところ「あら、なかなかいいわね」と言われた。調子に乗った