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ヒナドレミのコーヒーブレイク     京都に独り

 私は独り、京都の とあるお寺に来ている。ここには、3年前にも訪れたことがある。以前と違うのは、その時は彼と一緒で今は独りだということ。

 あの頃の私は、幸せに満ち溢れていた。だからあんなことになるとは、夢にも思っていなかった。幸せの絶頂から一気に奈落の底にでも落ちたような感じだった。

 彼が突然 私の前から消えてしまったのだ。あの京都旅行の直後だった。彼自身の意思で消えたのか、何物かが関与していたのかは定かではない。だが、彼が消えた1ヶ月後に、彼から私宛のハガキが届いた。消印は掠れていて見えなかったが、そのハガキには、「心配しないで欲しい」の文字が、彼らしいダイナミックな文字で書かれていた。

 それ以降、彼からの音沙汰は全くなかった。あれから早3年が経過していた。この3年間は、毎日のように彼のことを考えて過ごした。いつ戻るか分からない彼、二度と戻らないかもしれない彼を、待ち続けた。

 3年経ったある日、私は思い立った。(京都の、あのお寺に行こう。そして彼との幸せな思い出は、あのお寺に封印しよう)と。

 そして私は、このお寺に来たのだった。ここに来ると、嫌でも彼との幸せな日々が蘇る。彼と歩いた小径を、私は独りで歩く。紅葉 真っ盛りで、それだけでもセンチメンタルな気分になる。涙が出そうになるのを、必死で堪(こら)え、私は歩き続けた。

 お寺を出て、近くの茶屋に行った。店の外の緋毛氈(ひもうせん)が敷かれたベンチへと腰掛ける。ふと往来へと目をやると「・・・!?」彼にそっくりの男性が1人 うつむき加減に歩いていた。私は すぐに立ち上がり、小走りで彼に近づいた。

 「すみません」と私が声をかけると、その人物はこちらに振り返った。その瞬間(彼に間違いない)と私は確信した。うつむき加減で歩くのは、彼の癖の一つだった。だが その人物は私を見て「えっと・・・!?」と考えている。いや、考えるフリをしているのだと 私には思えた。私は気づいていた、彼が私を見た際 一瞬だが動揺、そして狼狽していたことを。私はその時、3年前からの、一連の 彼の行動の意味を悟った。私は気持ちとは裏腹に「ごめんなさい、人違いでした」そう言って茶屋に戻った。私の心中には様々な思いが入り混じっていた。

 今回 京都に来た唯一の収穫は、彼の気持ちがハッキリと分かったこと。ただそれだけだった。でも、これで良かったのかもしれない。               
                                 完

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