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ヒナドレミのコーヒーブレイク    夕焼け空と新しい父

 薄桃色の夕暮れが、私に向かって押し寄せてくる。私はある記憶を思い出し 息苦しくなって、深呼吸をした。1回、2回、3回。私は 幼い頃に母に手を引かれてみた夕焼け空を思い出したのだった。  

 ある時、薄桃色の空の下で、母が言った。「なっちゃんに、新しいお父さんができるのよ」薄桃色の空を見ると、今でもその時の母の言葉が蘇る。  

 私(菜月美・・・なつみ)の両親は、私が幼い頃に離婚し、私が3歳の時に新しい父がきた。前の父のことはほとんど覚えていない。一つだけ覚えているとしたら、父の手がイヤに温かかったことくらいだ。  

 新しい父親は、私に嫌われまいとして、いつも私を猫可愛がりしていた。「なっちゃん、とっても可愛いよ」「なっちゃん、パパはなっちゃんのことが大好きだよ」「なっちゃん・・・」猫なで声でそう言っては、いつも私の頭を撫でた。私は、そんな父が嫌いだった。反吐が出そうだった。父は、母に隠れて私にお小遣いをくれた。「いらない」と言うと、父は「いいから、取っておきなさい」そう言って4歳の私に 毎回一万円札を2枚 くれた。それから私は、二度とお小遣いを断らなくなった。  

 今年から与えられた自分の部屋で、父からもらった一万円札をクマさんのポーチから出して数えることが、そのころの私のルーティンだった。その時、一万円札は10枚になっていた。それからも父は、事あるごとに 私に一万円札をくれた。そして今、クマさんのポーチには30枚の一万円札が入っている。私の今後の課題は、『この30枚のお札をどうするか』だった。  

 4月から、幼稚園に通う予定だ。だから就園前にこのお金を何とかしたかった。貯金をするのが一番手っ取り早いが、仕舞っておく場所に迷う。今まではベッドのシーツの下に隠していたが、いつ洗濯されるかわからない。そうかと言って、幼稚園に持っていくわけにもいかない。今は2月だ。あと1ヶ月以内に決めなければ。  

 3月になって、私は『いいこと』を思いついた。(そうだ!少し前に買ってもらったオモチャのお金!!)私はすぐに、オモチャ入れの中のオモチャのお金を取り出し、そのお金の間に、父からもらった一万円札30枚を忍ばせた。(これでいい!)  結局 私は、その後も その一万円札を使うことはなく現在に至る。恐らく私は今後もそのお札を使うことはないだろう。私にとってそのお札は、汚(けが)れたお札だからだ。大人になって猶更そう思った。(あの父からもらったお札など、絶対に使いたくない・・・)そう思った。                     
                                        
                                完

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