見出し画像

本能寺の変1582 重要 ◎目次小 ◎008 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

重要 ◎目次小 ◎008 

はじめに ←目次 ←重要 ◎目次 
重要 ◎目次小 抜粋区分 第1~20話 
①第1~5話 ②第6~10話 ③第11~15話 ④第16~20話 ← 
【参照】◎第8話  第8話 

信長の志向 「さらなる夢」

  ◎世界は、大航海時代であった。
  ◎信長の目は、海外を見ていた。
  ◎信長の「さらなる夢」。         「イエズス会日本年報」
  ◎信長の拡大政策は、止まず。             『日本史』
  ◎これが信長の志向。
  ◎光秀は、信長の「さらなる夢」を知っていた。
  ◎光秀の坂本城は、安土城の対岸にある。
  ◎光秀には、妹の妻木氏がいた。           「兼見卿記」
  ◎妻木氏は、信長の側近くに仕えていた。      「多聞院日記」
  ◎光秀は、妻木氏失った。             「多聞院日記」
  ◎妻木氏は、信長と光秀を繋ぐパイプ役だった。
  ◎光秀は、大きなダメージを受けた。

光秀の志向 「長閑なる時」

  ◎国々は、猶、長閑(のどか)なる時。
  ◎これが光秀の志向。

志向の相違

  ◎光秀は、分岐点の上にいた。
  ◎ならば、明智の取るべき道は、・・・・・。



 ⇒ 次へつづく 重要 ◎目次小 ◎009


NEW!!

目次 が更新されました。

これで、全体像がよくわかる!!

毎日更新!!

原因・動機の究明は、この一歩から!!


NEW!!

重要 ◎目次 が更新されました。

本能寺の変

原因・動機は、この中にあり!!

ご注目下さい!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?