Y:45 共感性羞恥(あぁ、見てられない)

今週、新しい言葉を覚えた。その名も「共感性羞恥」

このpodcastを聴いていて、1時間49分ごろ出てくるのだけど、映画の「Joker」の話をしている中で人が恥ずかしい感じになるのを見てられない人、共感性羞恥の傾向の人は見るのが辛いかもしれないというくだりがあって、私自身、映画も見てないし、ふ~んという感じだったのだけど、人が恥ずかしい感じを見てられないというのが、すごく、それわかるわぁ~と思っ

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あなたが思っている以上に、私、喜んでます💛
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【「一回休み」もまた重要。】

まだまだ気が早いですが、お正月と言えばすごろくではないでしょうか。

すごろくって、必ずどこかのマスに「一回休み」があると思います。

出来れば避けたいマス目ですね(笑)

でも、ゴールに早々とつくために前進し続けるだけじゃなくて、その「一回休み」も大事なんだなって思えた出来事がありました。

私は個人的に週に一回、午前中の1時間をかけて、コーヒーを飲みながら日記を書く習慣が有ります。

日々仕事

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彦根市でシェアハウスをしたい

滋賀県彦根市でシェアハウスを企画している学生さんと会ってきました。とてもすてきな好青年。そのお人柄と行動力にたくさんエネルギーをもらってきました。

■出身大学と活動地域が同じという御縁

僕が会おうと思った理由の一つとして、滋賀大学教育学部、そして彦根を拠点にしているところに思わず運命を感じてしまいました。

先生という職業を理解しながらも異なる分野でバリバリ行動している彼に惹かれました。そして

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ひさびさにこころがおれて。

涙が溢れる

なみだがとまらない

たちなおれない

失恋したわけじゃないのに

こんなこと当たり前なはずなのに

笑って流せたらいいはずなのに

なやんだときに気付いてくれる人支えてくれる人励ましてくれる人それがほんとうの大切な人なんだなあとおもうだけど涙がとまらない 

今日はなんにもしたくないしもうなんか超無気力すぎて悲しくなる

責任を負いたくないしはあ愛が足りないのかあ。そうだよなあ。

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「教師の手間」なんかどうだっていい

「国立の子たちは、入試要項を自分で用意するように伝えといてください」

朝の教師の打ち合わせで放たれたその一言に、私は反応した。公立や私立受験者はすべての書類を中学校で用意する。なのになぜ、国立は自分で用意しなければならないのか。

理由を尋ねると、国立はオープンスクールに参加すると高い確率で要項をもらえるから。「どうせ行ってるでしょ、オープンスクール」と。

この言葉に、私はキレてしまった。

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ありがとうございます!
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「死にたい」という言葉への返答

シンプルな疑問。

「もう死にたい。」

と言われた時のベストアンサーとはなんですかね。
その後、続けて

「先生が来年居ないなんて考えられない。週一で会ってくれないと無理。じゃないと私のこと忘れちゃう。それが無理なんだったら今死んだ方がマシ。」

このように言われたので、私はこう答えました。

「来年度のことなんて分からないし、それは約束できない。
今もそうだけど、私もそれなりに忙しい。
忙しい

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活動をする上で大切なことは?

こんにちは。

はじめましての方、はじめまして。

岐阜県から教育に革命を起こす男、

大学生のnatu先生です。

今回は、

”活動をする上で大切なことは?”

ということについて書きたいと思います。

結論から言います、

”活動→指導→活動”

です。

おそらくですが、既に先生方の多くがやっていらっしゃることかと思います。

では、なぜこんな基本的な話をするのか。

それには二つ理由

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「慣れ」への対処

Minimalist Teacher Ryo です

皆さんは、今現在のご自身の生活についてどうお考えですか?満足ですか?それとも不満ありありでしょうか?

しかしどちらにせよ、少なからず今の環境で恵まれたことはきっとあるはずです。

いいことがないではなく、いいことを忘れるくらい慣れてしまったの方が正しいのではないかと私は思います。

個人的に考える「慣れ」への対処法は、

初心を思い出す

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適応障害になる

こんにちは。
はじめまして、TTです。

はじめてnoteを書きます。

僕は初任の教師です。
今年の運動会終了後、
適応障害と診断されました。

現在休職中、3学期から復帰予定。
職員室には戻りたくないけど、クラスの子どもとは向き合いたい。

僕が適応障害にいたった敬意を綴っていきたいと思います。

聞き辛い職員室の雰囲気

講師経験はありましたが、初任としてはじめての学校。
田舎の小さな学校で

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『神出鬼没! オナニー小僧に気をつけろ』目撃者 向高明美 5-1

私がオナニー小僧と出会ったのは、彼が16歳の時だった。
昭和57年12月のことである。
そう、ちょうどクリスマスの時期だった。
街にはクリスマスソングが流れ、駅前はイルミネーションに彩られて……そんな華やかな世界とは程遠く、夜には氷点下20度を超える極寒の北の大地にオナニー小僧こと伊豆田(いずた)君はいた。
関西出身の彼がなぜ、北海道の奥地にいたのか。
その理由は後に説明する。
釧路から根室に向か

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