【小説】「夫婦の絆」プロローグ・第一話
プロローグ
年老いた夫は穏やかな瞳に涙を浮かべながら私の喉元を押さえ「ありがとう」と繰り返す度に力を強めた。笑うと目尻が下がり、より一層柔和に見えるその笑顔は何十年も見てきたのだが、今日ほど狂気に満ちて感じたことはなかった。ユリカモメの鳴き声が聞こえる。ここは、夫がよく釣りに出掛けた汽水湖の畔にある公園。「非日常」が繰り広げられていても目撃者は誰もいないような寂れた公園駐車場だ。車のフロント前方には湖が広がっている。青藍色の湖面が太陽の光を反射して穏やかに光るのを天色の空