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『妻が泣いている』

『あ!またやってる!ちょっとこっち来なさい!何コレ!2段ベッドにシール貼っちゃダメって言ってるでしょ!!長く使うものなんだから丁寧に綺麗に使わなきゃダメなの!!何回も言ってるよ!いい加減にしなさい!』

しょんぼりと肩を落として、涙をこぼしながらリビングに戻ってくる長女。

『2段ベッドにシール貼ったらアカンのわかってたんやろ?』

涙で濡れた小さな顎が縦に揺れる。

『ほな、なんで貼ったん?忘れてたんか?』

小さな顎が左右に揺れる。

『覚えてたんやろ。なんで貼ったん?』

『ちょっとならイイと思ったから、、、』

『あのな、アカンて言われた事はちょっともアカンねん。わかってるやろ?』

小さな顎が縦に揺れて、涙が床に落ちる。

『ホントに!何度言えば分かるんだよ!泣くんじゃない!!泣きたいのはこっちだ!!』

剥がされたシールが玉状にまとめられ、ゴミ袋に捨てられる。

『自分のおもちゃになら貼っていいよ!長く大切に使うものには貼っちゃダメなの!綺麗に大事に使わなきゃダメなの!』

今一度、長女に大事なことが伝えられる。

叱ることの大変さと、重さ。

目の前の妻は怒っているが、心から怒りを覚えて叱っているわけではない。

物を大切に大事に使える人間になって欲しいから、娘にしっかりとメッセージを残しているだけだ。

将来、長女に子供が出来た時、長女は妻に感謝する。

親になって【自分の親はこういう時、どう思ってたのかな?】そう想像を巡らせることが増えた。

転勤族だった我が家。

小2、小5、中3と引越しをした。

学校に馴染めるかな?大丈夫かな?

きっと毎回、そう不安を募らせていたんだと思う。

小2で川崎市宮前区に引っ越して、転校した学校に通い出した2日目。

関西弁がバカにされるから、学校行きたくない。

そう言って僕は学校を休んだ。

このまま学校に行かなくなったらどうしよう?

母はかなり気を揉んだと大人になってから聞かされた。

休んだのは1日だけで、次の日からは学校に通い始めた僕。

きっと父と一緒に大きく胸を撫で下ろしただろうと思う。

その年の秋、体育館で行われる学校の学芸会。

うちのクラスは全校生徒、父兄の前でピアニカを演奏することになった。

お披露目する曲目は『超電子バイオマン』

当時、オンエアしていた5人組の戦隊ヒーローの主題歌だ。

教室での練習初日を覚えている。

『超電子バイオマンの曲をみんなでやるんだけど、先生ね、曲の始まりで誰かに大きな声で胸のあたりで拳を握ってポーズを決めながら、超電子バイオマン!ってやってほしいの』

先生の大胆なアイデアにざわつく教室。

『2人ぐらい誰かやってくれないかなぁって思ってるんだけど、誰かやりたい人いる?』

立候補を求められたことに、一層ざわつく2年2組。

『いないなら、この子が良いって推薦してくれても良いのよ〜』

ざわつく中から誰かが声をあげる。

『はぎちゃんがイイと思います!』

クラス1の人気者、明るくて楽しい萩野くん。

教室全体、先生を含んだみんなに【当然だな】といった空気が流れる。

『萩野くん、やってもらえる?』

『はい!!』

自然と拍手が湧き起こる。

『あともう1人お願いしたいんだけど〜』

教室が再びざわつく。ただ今回のざわつきは先ほどとは違い、萩野くん以外に適任なんているか?という意味を含んだざわつきだ。

推薦の声も上がらない。

ただ1人、ここにきて立候補しようとしている人間がいることを僕は知っている。

クラスで全然目立ってない、引っ込み思案でお馴染み、梅雨が明けた頃に転校してきた男。

そう、僕だ。

【超電子バイオマン!って大きな声でやって欲しいんだけど〜】と耳にした時から経験したことのない気持ちに駆られていた。

【抑えられない衝動】とでも言えばいいのだろうか?

自分でもなぜこんな気持ちになっているのかわからない。

すんなり萩野くんに決まっていく流れに嫉妬すら覚えた。

でも、わかってる。

転校2日目からセンシティブな理由を爆発させて休んだ男に推薦の矢が向くはずもない。

そんな僕がやりたいなんて言おうもんなら、教室が凍りつくのは8歳であっても予想はついている。

挙手なんてしたらみんなに引かれるだけ。

教室に変な空気作るだけ。

ふっちゃんキモいと思われるだけ。

そう思ってるのに。

わかっているのに。

右手が上に伸びて行く!!!!!!

『えっ、、、藤原くん、、、??
えっ、、、やりたいの??』

先生が焦るのも無理はない。

手を挙げてるのは転校二日目に休んだセンシティブ藤原なのだから。

静まり返る教室に僕の心臓の音だけが響いてる。

『あ、あの藤原くん、、あの、、わかってる?体育館でやるのよ?みんなの前で。こんな人数じゃないのよ?みんなのお父さんお母さんがいる前なのよ、わかってるかな?』

当時はまだ小さかった顎を縦に揺らす。

『そ、そ、そうか。じゃじゃあ、いま言ってみようか、ここで。超電子バイオマンて、こ、こ、ここで言えなきゃ体育館でも言えないと思うのよ、先生は』

2年2組を強烈な緊張感が支配する。

出来るのか?ふっちゃんが?なんかキモいかも?エスパーでは無いが全員の気持ちがハッキリ手にとるようにわかる。

鳴り止まない心臓音を聞きながら息を吸い込む。

オーディションなんて言葉は知らなかったが、今自分は出来るやつなのか、出来ないやつなのか試されている事だけはわかっている。

この後、みんなからどう思われてもいい。絶対、超電子バイオマン!て言いたい!!その気持ちが何より強かった!!!

だから思い切りやってやった。

『超電子!!!!!バイオマン!!!!!!!』

8歳の人生経験において1番の大声でかましてやった!

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