小説 ふじはらの物語り Ⅰ 《侍従と女官》 42 原本

平侍従によれば、いまお上と尚侍がよく興じておられるお遊びは、洲浜台(すはまだい)とのことである。

それも、この度は内匠寮(たくみりょう)に特に作製をお命じになったところの、普通のものよりも数段“広々”としたものが用いられるようである。

お上の御(おん)前を平侍従が先導し、家春はお上の御後ろにつき従う。

これには勿論、諸々(もろもろ)の小役人があまりその姿形を周囲に印象づけることなく、お供をし

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あなたの後ろに居ます。
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社会が求める「希少性」

今の社会では「知識や技能」よりも、時として価値があるとされるものがあります。

それは「情報」です。

「何をいまさら…」と思うかもしれませんが、今この瞬間も皆さんは多くの情報に触れているという事実を、今一度再確認しませんか?

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かなり前の数値ではありますが、総務省が発表した興味深い報告として、「1996年~2006年の10年間で、人が触れる情報量は530倍になった」という

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今後の励みになります
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平家の滅亡はビジネスの失敗が原因?清盛が描いた夢とは

けんすけです。

歴史好きな私は「新説云々」という本をよく手にします。

歴史上の出来事の意味、
知られざる背景などに、
なるほど、と感心したり、
当時の人物に思いを馳せたりします。

今回は中でも特に印象に残った、
平家についてのエピソードです。

ご存じ平家物語は、
「奢れるものは久しからず」
のくだりが有名ですね。

この物語の語り口では、
「権力に溺れ、増長したこと」
が滅亡の原因だったと

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嬉しいです!ありがとうございます。
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仏像エンジニア達のOOP(オブジェクト指向プログラミング)的思考法

おそらく10世紀頃の空也上人あたりを嚆矢として民間に普及していった浄土信仰のため、仏像の需要量が飛躍的に上昇した

そのためもあってか、仏像の製造方法はそれまでの一木造りから寄木造りが主流になっていくわけだが、

「寄木造りとは、体の基本となる頭部や胴体をいくつかの材ではぎ合わせ、内刳りを施し、計画的に木を寄せてつくられる技法です。一木造りに対し、それほど大きな材木を使わなくても済み、材料の節約に

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小説 ふじはらの物語り Ⅰ 《侍従と女官》 41 原本

お上は、今回のお遊びのために、梅壺御殿、すなわち、凝華舎(ぎょうかしゃ)にまで、お渡りである。

お供は、平侍従と家春であった。

どういうわけであろうか、家春にとり、これが、尚侍を知る、初めての機会であった。

さしもの寵姫(ちょうき)である、尚侍について、興味を覚えない者が、この宮中に、居るべくもない。

家春は、そのお方について、大変気になっていた。

皇太后様が、尚侍らに対し、藤壺以北への

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あなたの後ろに居ます。
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マスク生活で平安時代の貴族気分に

なったりは……しないか。

「人と会う時はマスク」がマナーになった。
そのため最近職場に加わった人の素顔を数週間知らなかったのだが、昨日昼休みにその人のデスクの近くを通って、初めて顔の下半分を見た。

人間、顔の上半分と下半分でかなり印象が異なる気がする。鼻の口のバランスは重要である。

それで思った。
「今後、コロナ時代を舞台にした小説とか漫画とかアニメで、『マスクで隠されていた顔の下半分を見て

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何かしらのお役に立てば幸い!
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小説 ふじはらの物語り Ⅰ 《侍従と女官》 40 原本

今日の、お午(ひる)過ぎの、お上の、遊び相手は、尚侍(ないしのかみ)と、そのお付きをも兼ねる、二人の内侍であった。

二人の内侍は、宮中の当世の流儀に沿って、お上から、めでたき通り名を、頂戴した。

内蔵(くら)の命婦(みょうぶ)は、“今では”、朝日。

少納言の君は、“今では”、うてな。

けれども、実のところ、同輩同士、上下関係、つまり、役務上、そして、日常においては、それらは、あまり使用され

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アッシには関わりのねえ事でござんす。
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好きな歴史上の人物を上げよ、と言われたら「和泉式部」と答える。

和泉式部は平安時代の歌人である。

 誰もが知っているであろう清少納言や紫式部と同じ時代の才女だ。
平安時代の才女って響きがすでに凄くかっこいい。

 彼女を題材にした本は清少納言や紫式部程多くないのが残念である。

そのような中で
『今ひとたびの、和泉式部  諸田玲子著』
は、とても読みやすく面白い。これまでとはまた違った和泉式部を感じられた。

こちらは是非(CV:能登麻美子)をイメージして読

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ありがとうございます!(≧▽≦)
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三島由紀夫が命を懸けて守りたかった日本の伝統、文化とは

1960年以降、戦後復興した日本の高度経済成長は著しく、一方で日教組の戦後教育やマスメディアでは、絶対的平和主義を掲げ、反戦平和、平和憲法維持、軍国主義否定、史実を曲げた自虐史観までを是とする風潮であった。これは、当時日本の圧倒的多数の思想を形成していた。大学キャンパスでは、学生が、時に暴力的なデモ活動、抗議行動を起こしていた。やがてこれら学生運動に共産主義思想が加わり、一部は極左集団となり、暴力

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\(^o^)/サンキューです。君に幸あれ!
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小説 ふじはらの物語り Ⅰ 《侍従と女官》 39 原本

かように、女達の、心のざわめきを、袖にし行くほどに、家春という者は、彼女達の間で、単に、『綺麗な絵』としか、見られなくなり行く。

それに、ここは、宮中。

面白いことには、欠かない場所なのである。

家春は、やがて、「几帳面な公達」、もしくは、「几帳面に過ぎる御仁」との定評を、男女問わずに、獲得したものである。

確かに、そうである上に、常に、冷静な表情を、誇り得る彼は、要するに、他人からして、

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同情するならッ…
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