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【小説】白い世界を見おろす深海魚 44章 (無言と硬直の52秒)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎はライター職として活躍している。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を高額で受ける。
そんな中、安田は後輩の恋人であるミユという女性から衰退した街の再活性化を目的としたNPO法人を紹介され、安価で業務を請け負うことを懇願される。
人を騙すことで収益をむさぼる企業と社会貢献を目指すNPO法人。2つの組織を行き来していく過程で、安田は理不尽と欲望に満ちた社会での自分の立ち位置を模索する。

【前回までの話】
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44

「あの……ちょっと、お時間いいですか?」

 午後9時。クライアント先からの電話が鳴り止む時間帯を狙って、川田部長に話しかけた。彼は不機嫌そうにパソコンから目を離す。

「……んだよ」

 身体をほぐすように腕を伸ばし、大きなあくびをした。口からはタバコのニオイ。

「いや、相談したいことがあって。実はこういった仕事があるのですが……」と、封筒を差し出した。中には休日の間に作った『ル・プラン』のフリーペーパーの企画書が入っている。

 川田部長は眉をしかめて、封筒の中身を開けた。7ページに亘る企画書を1枚ずつ眺める。というよりも、睨みつけているような目つきだが。

 その間、ぼくは手持ち無沙汰でその場に立っていた。「読んでおいてください」と言い残して、自分のデスクに戻るのも失礼なような気がしたから。悩んだあげく両手を前に重ね、ホテルマンのようなポーズでジッと待つことにした。同じ部署の先輩と石川は、キーボードを叩きながらも横目でこちらを伺っている。

「お前、これがやりたいのか?」

 思ったよりも早く読み終えた川田部長がつぶやいた。怒っているのだろうか。声のトーンがさらに低くなる。少し躊躇して「ハイ」とこたえた。この企画を実現することのメリットを続けて語ろうとしたが、止めた。書いてあることだ。

 川田部長は、企画書を突き返してきた。

「これを8部、コピーしてこい」

 最初、言葉の意味がつかめなかった。

「今度のリーダー会議に出してみる。人数分をコピーしろ。プレゼンはお前がやれ。上の人間が、お前のくだらない提案に時間を取ってやるんだ。失敗するなよ

 鼓舞しているのか、脅しているか分からない口調だった。

「ハイ、ありがとうございます」

 勢いよく頭を下げると、川田部長は咳払いをして内線電話に手を伸ばした。

つづく

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#創作大賞2023


リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。