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【小説】白い世界を見おろす深海魚 47章 (渇欲に伸びた若い手とハイネケンで濡れたシャツ)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎はライター職として活躍していた。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を高額で受ける。
そんな中、安田は後輩の恋人であるミユという女性から衰退した街の再活性化を目的としたNPO法人を紹介され、安価で業務を請け負うことを懇願される。
人を騙すことで収益を得る企業と社会貢献を目指すNPO法人。2つの組織を行き来していく過程で、安田は理不尽と欲望に満ちた社会での自分の立ち位置を模索する。

【前回までの話】
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47

 土曜日の夜、仕事を終えてからル・プランの事務所に行った。

 代表の金田さんは、前と同様にふっくらとした笑顔で迎え入れてくれた。会議の結論である『長期取り組み』。つまり、協力することができない旨を伝えなければならないと思うと、ただでさえ酸素が不足している地下室が、さらに息苦しく感じられた。

「結果を述べると……今の状態では一緒に仕事をするのは難しいんだ」

 金田さんは笑顔を浮かべたまま、うなずいた。その奥にある本当の表情を隠しているようだった。

「ウチの会社も厳しい状態なんだ」と、付け足す。

 取り囲むメンバーからは、落胆のため息が漏れた。誰かの舌打ちも聞こえた。

「力になれなくて、ごめん」

 金田さんは首を横に振った。
「ううん。謝るのは私たちの方だよ。無理をさせて、ごめんね」

「出された予算で制作できそうなデザイン会社を紹介するよ」

 ぼくは、簡単なレイアウトを依頼している下請けのデザイン会社の名刺を三枚出した。だが、そのうちの一社は先月に潰れたことを思い出して引っ込める。

「ありがとう。本当は私たちも他のデザイン会社に頼もうとしたんだけど……そっちの方が安いし」

「でもね」と、彼女はそばに立っているミユを見つめた。

「まぁ、気にすんな。俺らは上手くいかないことに慣れているんだ
 ユウタが金田さんの横から、ハイネケンを差し出してきた。

 ミユもクーラーボックスから緑色の瓶をつかみ取り、周囲に配る。

「じゃあ、これからも大変なことがあるけど、めげずに、腐らずにいきましょう」

 金田さんの音頭に、乾杯をした。

 ミユは瓶を逆さまにしてビールを流し込んでいた。口に入りきらなかった液体が無防備な胸元にこぼれる。シャツに染みをつくったまま、隣の男と楽しそうに会話をしている。

 上山の顔が頭に浮かんだ。
 彼は、ミユがここにいることを知っているのだろうか。
 日常の静かな表情をはぎ取り、体内の激しく渦巻くエネルギーを発散させている彼女を。

「ちょっといい?」
 金田さんはぼくの腕をつかんで、扉の方を顎で示した。瞳は意味深な色を帯びていた。

つづく

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#創作大賞2023

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ほろ酔い文学

リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。