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【小説】白い世界を見おろす深海魚 40章 (地下室で見た希望 そこから感じる不安)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎は、ライター職として活躍している。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を受ける。

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40

 木製の扉を開けると、冷たい空気が頬をなでた。熱と湿気で澱んだ空気を体内から吐き出してしまうと、身体が震えた。階段を上りきったところで、ミユがぼくのダウン・ジャケットの裾を掴んだ。

「もうちょっとだけ、つきあってくれる?」
 そう言って、さらに通りの奥へと歩き出した。

 空の大部分は青黒かった。北極星が完全な夜を待たずに、ひとつ煌煌とした光を放っている。

 また、コイツに着いて行くのか……。

 歩きながら、あのふっくらした女性から出された要望を思い出していた。

 予想通り、彼らは店の経営を計画していた。でも、それだけじゃない。最終的な目的は、ル・プランのメンバーをはじめ個人個人が、この廃れた商店街でビジネスを展開し、再び活気のある場所にすることだった。各テーブルに別れて、どういった店を開くか、どのようにして客を誘致するか、一定の利益を上げる継続可能な商店にするための方法が話されていた。

 地元への愛着からの活動だと思ったが、紹介されたメンバーのほとんどが、関西や東北といった地方からの上京、もしくは文京区や渋谷区といった都心で育った別の土地から来た人間だった。仕事や経験も大手不動産会社の元営業マン、小さな製菓工場の従業員、夜のサービス業を生業としている者など…さまざま。共通していることは、彼らは新しい仕事を作りだすことに、希望を見出していることだった。テーブルからは、たまに議論が激しくなるのが聞こえてきた。

「アートギャラリーを併設したカフェを開きたい」
「沖縄文化を楽しめる音楽スタジオを作る」

 夢を語る彼らの目は力強く、見ていると不安になった。

 まるで、降り積もったばかりの雪に燦然たる朝陽が降り注いだ光景のように輝かしい未来を信じている。それに比べ、今生きることで手一杯で、将来に向けた行動を何ひとつしていない自分がひどく惨めに感じる。
 早くここから抜け出したい。
 
そんな気持ちに苛まれる。

 この場所で頼まれたぼくの役割は、普段やっていることとなんら変わりないことだった。

 不況に悩む商店街の再活性化を目的とした非営利団体『ル・プラン』の広報誌をつくること。顧客が大手企業からNPO法人に代わっただけだ。ただ、やり方や予算には問題があった。

つづく

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#創作大賞2023


リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。