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【小説】白い世界を見おろす深海魚 75章 (告発とそのリスク)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎はライター職として活躍していた。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーン(マルチ)ビジネスを展開する企業『キャスト・レオ』から広報誌を作成する依頼を高額で受けるが、塩崎は日々の激務が祟り心体の不調で退職を余儀なくされる。
そんな中、安田は後輩の恋人であるミユという女性から衰退した街の再活性化を目的としたNPO法人を紹介され、安価で業務を請け負うことを懇願される。
人を騙すことで収益を得る企業と社会貢献を目指すNPO法人。2つの組織を行き来していく過程で、安田はどちらも理不尽と欲望に満ちた社会に棲む自分勝手な人間で構成されていることに気づき始めていた。本当に純粋な心を社会に向かって表現できるアーティストのミユは、彼らの利己主義によって黙殺されてようとしている。
傍若無人の人々に囲まれ、自分の立ち位置を模索している安田。キャスト・レオの会員となっていた塩崎に失望感を抱いきつつ、彼らの悪事を探るため田中という偽名を使い、勧誘を目的としたセミナー会場へ侵入するが、不審に思ったメンバーによって、これ以上の詮索を止めるよう脅しを受ける。
だが、恐怖よりも嫌悪感が勝っていた。
安田は業務の傍ら悪事を公表するため、記事を作成し山吹出版に原稿を持ち込んだ。


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75

 年が明けて、再び忙しい生活に戻った。営業でクライアント先を駆け回る日々。
 原稿は無事に締め切り前に終わらせることができた。

 ぼくの書いた記事(といっても、ほとんど田岡さんに修正されたもの)が掲載されている『アリシア』が発売されたのは、1月15日のことだった。田岡さんは余裕を持って締め切り日を設定していたのだろう。

 『あなたの財産を狙う!? 相次ぐビジネストラブル』というタイトルで、全8ページほどの短い企画だった。ぼくが書いたものは、ほんの半ページ枠でのコラム二つ。会社専属のライターが作成した記事とは別枠で『囲み記事』と呼ばれている短いものだが、自分の書いたものが商業誌に掲載されるのは嬉しかった。
 ぼくは、まとめて三冊も買い込んだ。
 文中に社名は出ていないが、取り扱っている商品ジャンルを書くことにより少し知識のある人ならば、それがキャスト・レオだと分かる。
 帰り道、セミナーの後に脅しをかけてきた斎藤さんとタチの悪い二人を思い出し、無理矢理に笑みを浮かべた。
 自分の行いに間違いはなかった、という自信を確かめるために。
 でも、やってはいけないことに手を出してしまった不安感は消えなかった。

 これがバレれば退職を迫られるかもしれない。
 それでもよかったんだ、と自分に言い聞かせる。今まで散々苦しめられてきた職場に愛着なんて持ってはいない。いつでも去る覚悟がある。
 いくらリスクを背負っているとはいえ、トップだけが多大な利益を得る企業なんて間違っている。その下で従業員は苦しみ……なかには、キャスト・レオが仕掛けるような犯罪スレスレの誘惑に負ける者もいる。こういった、負の連鎖を生み出す上司の顔色を伺いながら仕事をしていくのは、まっぴらだ。

 しばらく忘れかけていた強い反抗心と正義感が、胸の中から溢れ出てくる。
 上の人間から叩かれて、脅されて、萎えてしまった気持ち。

 ぼくは携帯電話を取り出して、ディスプレイに塩崎さんの番号を表示させた。
 話がしたかった。
 今なら、自信を持って言えるような気がした。
 一からやり直そう。そのために手伝いたい。塩崎さんを助けたい。仕事だって“上”を見なければ、もう無理をしないでも生きていけるはずだよ。
「もしもし……」
 何かを探るような、少しこもった彼女の声が聞こえた。

つづく

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ほろ酔い文学

リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。