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【小説】白い世界を見おろす深海魚 67章 (内包的な圧力)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎はライター職として活躍していた。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーン(マルチ)ビジネスを展開する企業『キャスト・レオ』から広報誌を作成する依頼を高額で受けるが、塩崎は日々の激務が祟り心体の不調で退職を余儀なくされる。
そんな中、安田は後輩の恋人であるミユという女性から衰退した街の再活性化を目的としたNPO法人を紹介され、安価で業務を請け負うことを懇願される。
人を騙すことで収益を得る企業と社会貢献を目指すNPO法人。2つの組織を行き来していく過程で、安田はどちらも理不尽と欲望に満ちた社会に棲む自分勝手な人間で構成されていることに気づき始めていた。本当に純粋な心を社会に向かって表現できるアーティストのミユは、彼らの利己主義によって黙殺されてようとしている。
傍若無人の人々に囲まれ、自分の立ち位置を模索している安田。キャスト・レオの会員となっていた塩崎に失望感を抱いきつつ、彼らの悪事を探るため田中という偽名を使い、勧誘を目的としたセミナー会場へ侵入するが、不審に思ったメンバーによって追い出される。諦めて会場をあとにする安田の元に騙されてセミナーに出席した男が近づき、これまでの経緯を話すことを告げられる。話を聞こうとする安田だが、彼の行動を怪しんだ会員が跡をつけて拉致。これ以上の詮索を止めるよう脅しを受けた後、解放される。

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67

 駅に向かって歩いている間、まだあいつらに着けられているような気がした。
 途中、何度か振り返りたい衝動に駆られたが、できなかった。もしいたとしても……もう二度と目を合わせたくない。

 これからどうする?

 ようやく思考が正常に働くようになったのは、帰りの電車のなかだった。
“どうする?”と考えてみても物事は、もう後戻りできないところまで進んでいるのかもしれない。

 ぼくは自らの意思で、取り返しのつかないリスクを背負う感覚が分からないでいた。今まで、そんな経験をしたことがなかったから。他人の言われるままに流されて、失敗しても誰かが守ってくれる行動しか採ってこなかった。それは親であり、上司であり、社会であったり。誰かの指示通りに素直に動いて、誰かに守ってもらう生き方だった。 でも、今回の件は誰も守ってはくれない。そもそも、誰かに守ってもらおうとは最初から思ってはいない。

 もう記事を書くしかない……それは前向きな強い意思というより、大きな後悔と怨恨によって後押しされた決心だった。でも、脅しに屈して行動を起こさないでいたら、中途半端な自分ができあがってしまう。それは、なんとしても避けたかった。

 その日の夜、ヤマシタから携帯電話に連絡があった。セミナー会場で出会った太った男は、「大丈夫だった?」とやけに軽い口調で訊いてきた。

「いやぁ、あの後、サクライさん……あっ、セミナーから跡を追ってきた女だけど、あいつから責められたよ。君に何を話したんだ。正直にしゃべらないと後悔するぞ……ってさ。ほぼ脅しだよな。最初は謝ってたけどさ、あんまりしつこいから逆ギレしちゃったよ」

「そんなことして大丈夫でした?」
 彼を巻き沿いにしたことに、負い目を感じていた。ぼくのようにタチの悪い男たちに囲まれたりしなかったのだろうか。

「あぁ、そのまま帰ってきたよ。大丈夫。まぁ、しばらくはセミナー会場の辺はウロつかない方がいいと思うな。彼女からの電話は着信拒否にしたし」と言った後で、笑い声が聞こえた。

 心配させまいとして、わざと明るく言っているのか。それとも、実は精神が図太いのだろうか。どちらにしろ彼のあっけらかんとした行動は、ありがたかった。
「せっかくだから、あいつらに痛い目を合わせてやろうぜ。原稿、書くんだろう?」

 あぁ、まぁ……と曖昧な返事をした。決心は強いが、上手く書ける自信がなかった。それに書いたとしても発表できる媒体が見つからない。

「まぁ、いざとなったらネットの書き込みでもいいじゃん。ブログみたいなものなら、ぼくが作ってやるよ」 と、再びデカイ笑い声を発する。

 たっぷりと肉のついた腹を揺らしている姿を想像しながら、ぼくとヤマシタの関係は共通の敵がいることによって、ある程度の固さに結ばれていることに気づいた。

つづく

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#創作大賞2023

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ほろ酔い文学

リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。