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【小説】白い世界を見おろす深海魚 60章 (欲望の共同体)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎はライター職として活躍していた。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーン(マルチ)ビジネスを展開する企業『キャスト・レオ』から広報誌を作成する依頼を高額で受けるが、塩崎は日々の激務が祟り心体の不調で退職を余儀なくされる。
そんな中、安田は後輩の恋人であるミユという女性から衰退した街の再活性化を目的としたNPO法人を紹介され、安価で業務を請け負うことを懇願される。
人を騙すことで収益を得る企業と社会貢献を目指すNPO法人。2つの組織を行き来していく過程で、安田はどちらも理不尽と欲望に満ちた社会に棲む自分勝手な人間で構成されていることに気づき始めていた。本当に純粋な心を社会に向かって表現できるアーティストのミユは、彼らの利己主義によって黙殺されてようとしている。
傍若無人の人々に囲まれ、自分の立ち位置を模索している安田。キャスト・レオの会員となっていた塩崎に失望感を抱いきつつ、彼らの悪事を探るため勧誘を目的としたセミナー会場へ侵入する。

60

キャスト・レオのオフィスが入っているフロアは5階だった。会場の入り口近くで、カップルと話をしているスーツ姿の男性と目が合う。一瞬、冷たい視線を投げかけてきた。ぼくはそれを笑みで返して、次々と入室する人たちに紛れた。

 室内は壁に取り付けられたホワイトボードに向かって机とパイプイスが並べられていた。この学習塾の教室のようなところでセミナーが行われるのだろうか。全体が見渡せるように後方の端の席に座る。隣の席には30代前半ぐらいの太った男性がいた。明らかにサイズの合っていないピンクのポロシャツを着ているせいで、スーパーの精肉コーナーに並べられているハムのように見える。

 この人も誰かに誘われたのだろうか。
 それとも、すでにメンバーなのだろうか。

 前に座っている男性はチラチラ後ろを振り返っていた。彼の視線は、ぼくのさらに後方に立っている人達に向けられていた。そこには先ほど入り口で見た短いスカートの女性もいる。ビジュアル系の男は近くにいない。室内を見渡すと、少し離れた窓際の席に座っていた。

「ハイッ、では時間になったので始めます」
 ホワイトボードから、よく通る明るい声が聞こえた。

 いつの間にか真っ赤なレディーススーツに身を包んだ中年女性が一人、満面の笑みを浮かべて、立っていた。歯がやけに白く、服と同色の口紅に映えていた。

「皆さん、今日はお忙しいところ、キャスト・レオ・メンバーズの説明会にきてくださって、ありがとうございます。今日は、なんと……この会社の創立者の一人、高岡洋一郎さんが六本木の事務所からお越しになってます。貴重なお話を拝聴できると思うので、皆さん是非一言も聞き逃しのないようにしてください」と、自分の耳をつまみながら微笑んだ。

「それでは高岡社長、どうぞ」

 ドアが開き、緑色のワイシャツを着た中年男性が出てくる。160センチ程の背丈で天然パーマなのかどうか分からないが、髪の毛はひどくクシャクシャに丸まっている。後方にいる人たちから、ビックリするほど大きな喚声と拍手が聞こえてきた。このおっさんは、こういった反応に値するほどの人なのだろうか。

「いやぁ、これだけの人を前にすると緊張しますね~」と、頭をなでる。
「しかも皆さん美男美女ときていますから、困ったものです。まぁ、数人をのぞいては……」

 後方から大きな笑い声。人間関係を円滑にしようと意図された愛想笑いではなく、素直に腹の底から笑っているように聞こえる。

 薄々感じていたことが、確信に変わった。後方は“会員”、前方は勧誘されている人間……という配置になっている。隣の太った男も、窓際のヴィジュアル系の男も“カモ”なのだ。彼らがしゃべりの上手い人間によって心が動かされていく様子を、会員が後ろで見張っている仕組みになっている。

 壇上で話される内容は以前、斎藤さんがインタビューでしゃべったようなことだった。よく言われている『ネズミ講』と違う。キャスト・レオの業務は社会貢献になるし、クリントン前大統領も推奨している。某有名タレントが商品を身につけているから知名度も抜群。内容だけでない。しゃべり方も似ている。

 合間に出てくる冗談に周囲に座っている人たちも、次第に笑みを浮かべはじめた。後方からデカイ笑い声を何度も聞かされると、高岡社長の喋っていることが本当に面白く感じてくる。ぼくも一回だけ、思わず吹き出してしまった。

「会費は自分に対する投資なのです。男性の方は、下手にメンズエステ行くよりも会員になった方がモテますよ。今度、開催するスノボーツアーでは、一発かましちゃってください」

 彼は小指を立てながら腰を上下に動かした。寸胴で短小のせいか滑稽だ。昔観たハリウッドのコメディー映画を思い出す。

「このビジネスはこれから必ず伸びていきます。我々の先進的なビジネスに対し、嫌悪の目を向けてくる人たちもいますが、彼らは必ず後悔をします。我々が巻き起こす時代の旋風に乗れず、社会の底辺で一生誰かに搾取されながら、好きでもない仕事を続けることでしょう

搾取される側の人間……。
あの日、塩崎さんが吐き捨てた言葉を思いだす。

「歴史を振り返っても、成功した人間のやることは当初、社会から疎まれてきました。世間の目に縛られた人間たちは、いつの時代も先進的な考えを持つ者に嫉妬の目を向けるものです。嫉妬する人間、される人間。あなた方はどちらになりたいですか? さぁ、今日から成功者への第一歩を踏み出すのです。経済的不安のためにツライ仕事をする毎日から離れるチャンスです。多くの人間がお金の奴隷となっている時代に、私たちは成功への確実なステップを踏み出すのです」

 多大な会員数を誇る会社を築いた人間だけあって、たまに話に惹きこまれそうになる。たしかに、金さえあれば今の苦痛から逃れられるかもしれない。そう考えたが、塩崎さんと上山の顔が浮かび、ぼくを踏みとどまらせた。

 決して彼らに飲み込まれてはいけない。

つづく

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ほろ酔い文学

リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。